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3-7 クジの軍 [アスカケ外伝 第3部]

その頃、飯山砦からイカヤが案内するクジの兵たち三十人程が、妻木の郷を抜けて、隠し砦へ向かっていた。
「その山を越えれば、砦が見えるはずです。」
先を行くイカヤが声を掛ける。
尾根を越えると、木々の間に建物が見えた。小さな坂を下りたところに張り巡らされた獣除けの柵越しに、兵が居た。
「イカヤです。トキヒコノミコト様に御取次ぎを願いたい!」
すぐに兵が館へ向かい、許しを得ると、一行を砦へ入れた。
砦の建物はどれも木々に隠れるように低く設えられていて、外からは見つけにくいように工夫されていた。
一行は、主館の前の小さな広場に案内された。
館からトキヒコノミコトがワカヒコとクニヒコとともに姿を見せる。
「よく参られました。」
ワカヒコが労いに言葉をかける。
「タケル様はお元気の様子。先般、大丹生の郷で、ヤマカを討ち取られた事は聞いております。それで、今はどちらに?」
トキヒコノミコトが訊く。
「飯山砦に居られます。」
と、クジは答え、出雲の様子を探っている事、大戦にならぬようあらゆる手を尽くす考えであることも話した。
クジは、最後に、タケルからの伝言を伝えた。
「タケル様はくれぐれも戦を仕掛けぬようにと申されました。」
話を聞いていたワカヒコがクジに訊いた。
「大戦にせず、大蛇一族を排除する事が出来るのでしょうか?」
「判りません。ただ、これはヤマト国の皇と摂政の願いであるとも仰せられました。」
と、クジが答えると、今度はクニヒコが言う。
「ここは、北海の地。ヤマト国ではありません。我らは長年、大蛇一族に苦しめられてきた。そして、太守である出雲国が醜い国へと変えられてしまった。あやつらを討ち果たす事こそ本望。」
「それは私も同じです。大蛇のヤマカに越の国は歪められ、苦しみました。ですが、タケル様は、大戦をせず、王を救い国を取り戻して下さったのです。私はタケル様を信じます。」
クジが言うと、トキヒコノミコトが答えた。
「私も、タケル様を信じております。今のままでは、伯耆の国と出雲の国の戦となりましょう。それに、タケル様が我らの味方となれば、それは、出雲国とヤマト国の戦という事にもなるのです。我らが勝ったとしても、出雲国は敗戦によりヤマトの属国と見られ、出雲の人々には恨みが残るに違いない。それはいずれ新たな火種になる。それではいつまでも戦が絶えぬ世の中になってしまいます。」
それから、皆、館に入り、これからの事を話し合った。敵の将一名を佐陀川上流の谷あいで討ち取った事も話された。
「大蛇の軍にはどれほどの将がいるのでしょう。」
クジが率直に訊いた。
「大蛇の一族には八人の将が居ました。伯耆の国では、八人の将が、それぞれに軍を率いて各地を回っておりましたが、確か、一人はすでに我らが討ち取り、ヤマカ、そしてヒョンデという将も討ち取ったわけですから、残るは五人のはず。」
ワカヒコが答えると、イカヤが言う。
「日焼山の将以外にまだ四人・・。それはきっと出雲国に残っているはず。兵がどれほどついているかは判りませんが、まだまだ強大な軍勢にはちがいありませんね。」
「タケル様が仰せのように、むやみに戦を起こせば多くの死者が出るでしょう。やはり、慎重に動かねばなりません。」
と、トキヒコノミコトが言う。
「あと数日で、出雲の様子が判ります。しばらく、待ってみましょう。」
とイカヤが続けた。
話し合っているところに、兵が入ってきて、クニヒコに耳打ちした。
「日焼山から逃げて来た兵を捕らえたようです。兵の話では、敵の将はヒョンシクというそうで、ヒョンデが討ち取られた事と飯山砦にヤマトの軍が入った事が判り、負け戦を覚悟して、兵が次々に逃げ出しているとの事。」
クニヒコは、兵からの話を皆に伝えた。
「自滅ということでしょうか?」とイカヤが訊く。
「今なら、敵将を討ち取れるかも知れません。私に行かせてください。」
クニヒコが言う。
「それなら我らがお供します。越から戦備えをしてきておりますが、未だ力を発揮しておりません。皆、力を持て余しております。」
クジが言う。
クジは越国から、ヤマカ退治のために選りすぐりの兵を引き連れてきていた。
「いや・・しかし、戦を仕掛けてはならぬとタケル様は仰せなのだ。ここは待つ方が良いと思うが・・。」
そう言ったのは、ワカヒコだった。
「戦を仕掛けるのではありません。敵の様子を探り、隙あらば、敵将を討ち取るのです。兄者、是非、行かせてください。」
クニヒコはクジの加勢を心強く受け止め、強気で言う。
トキヒコノミコトは一抹の不安を感じながらも、クニヒコやクジの言葉に押され、終に許した。
次の日の早朝、クジの兵三十名とクニヒコの兵二十名が、佐陀川を上り、山沿いにヒョンシクの軍のいる日焼山を目指し、出発した。
その日の昼頃、日焼山の少し南の山中で、煙が上がった。クジとクニヒコが率いた兵と、ヒョンシクの兵が山中で出くわしたのだった。
ついに戦いが始まってしまった。クジとクニヒコの兵は、弓矢で応戦した。その最中で、ヒョンシクの兵たちが森に火を放った。火は瞬く間に広がり、クジとクニヒコの兵たちは煙の中で逃げ惑う。ヒョンシクの兵たちはそれに紛れて、陣へ引き上げた。
夕刻、クジとクニヒコが戻ってきた。兵の半分ほどは怪我をしている。戦での怪我ではなく山中を逃げ惑ったためであった。

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