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2-11 袁甫と杜伯 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

「カケル様、私のことなら心配いりません。」
荒縄に縛られたソラヒコは笑顔を見せた。
「ソラヒコ様、すみません。必ず戻ってまいります。」
カケルはそう言うと、トハクとともに館を飛び出した。
「草香の宿祢などという者はおりません。」
トハクが小声で言った。
「そうでしょうね。この地は難波国が治めるところ、そこには、国造は置いておりません。それに、尊などという呼び方は、昔の呼び名、今は使いません。しかし、彼らだけの企みとも思えません。ヤマトの人間も関わっているのかもしれません。調べてみる必要はあります。」
カケルは、そう言ってから歩みを速めた。
ぬかるむ道を小舟が着けられている岸を目指し、集落の中を抜けたところで、覆面をした男たちに囲まれた。
先ほどの男たちとは違うようだった。
男たちは何も言わず、カケルを取り巻き、大きな剣を抜いた。
「やはり、素直に帰してはくれないようですね。」
カケルは、男たちを睨みつけた。
トハクがカケルの前に立ち、腰から剣を出し、男たちと対峙した。
一人がいきなり斬りかかる。トハクは剣でかわした。それをきっかけに次々に斬りかかろうとする。
「うぐっ!」
男が一人倒れた。背中に矢が刺さっていた。
「大丈夫ですか?」
遠くから声がした。カナメが通りの先に立っていた。
射貫かれたことで、カケルたちを取り巻いていた男たちは、一目散に、逃げていった。
「病人は運び終わりました。お帰りが遅いので心配になってやってきました。彼奴らは何者ですか?」
トハクが、射貫かれた男を起こす。幸い、急所は外れているようで、出血はしているが、命に別状はなさそうだった。
トハクが覆面をはぎ取る。
「お前は!」
トハクが苦々しい表情に変わる。
「この者は、郷の男で、袁甫(えんほ)という者です。真面目で働き者でした。」
トハクはカケルにそう言ってから、袁甫に向かって怒鳴った。
「なぜ、こんなことをした!」
その声を聴き、袁甫は驚いた表情でトハクを見た。
「その御声は・・まさか・・杜伯様ですか?」
トハクは顔を隠していた布を取った。
「やはり、杜伯様・・生きておられたのですか?」
「袁甫、なぜこんなことをした!」
トハクは厳しい声で再度訊いた。
「それは・・。全て、ヤマトの悪行。それを正すために、殺すよう命じられたのです。」
袁甫はどうにか答えた。
「誰に命じられた?太守か?それとも・・。」
杜伯が迫ると、袁甫は、これ以上は言えないと言い、顔をゆがめた。背中の矢から、出血が続いていた。
「まあ、いいでしょう。まずは、傷の治療が先です。すぐに、治療院へ運びましょう。」
カケルはそう言うと、ソラヒコから渡された呼子を強く吹いた。すると、葦の茂る岸辺のあちこちから、藍色の服を着た男たちが現れた。
「すぐに、この者を治療院へ連れて行ってください。それから、難波比古様と、難波の宮ヒカル様に、宮殿に来るように伝えて下さい。」
カケルが言うと、男たちは、袁甫を軽々と抱え上げ、風のように去っていった。
怪我をしている袁甫は、治療院に運ばれた。治療院の大広間には、草香の江の者たちが、横たえられ治療を受けていた。
「これは・・。」
袁甫は手当てを受けながら、治療院の女官たちの献身的な仕事を目の当たりにして驚いていた。そこに、コチョウが現れた。
「私も驚きました。ヤマトの方々は、われらを差別することなく大切に接してくださいます。これが本当のヤマトなのかもしれません。」
「我々が聞いていたヤマトとは違う・・これはいったい・・。」
袁甫はそう言うと、目を閉じた。

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