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1-6 てっちゃんの店 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「昼飯でも食いながら、今日の午前中の成果を報告し合うことにするか。」
鳥山課長がそういうと、皆、一緒に、外に出て行く。行先は決まっていた。前の事件の時、ソフィアという女性がやっていたスナック、今は改装して、小さな喫茶店になっていた。
「てっちゃん、悪いが、貸し切りにしてくれ。」
鳥山は店に入るなりそう言った。
「そろそろかなって思ってたから・・どうぞ。」
そう言って迎えてくれたのは、通称てっちゃん。見た目はすっかりおじさんだが、心は乙女。昔、やくざに食い物にされかけたところを鳥山が救ったのだった。以来、何かと鳥山の近くに居るのだった。
てっちゃんはすぐに、表の看板に、貸し切りの札を出した。
「いつもので良いな?てっちゃん、頼むよ。」
「はい、はい。」
てっちゃんは明るく答えると、嬉しそうに鼻歌を歌いながら厨房に入った。
「さて、どうだ、収穫はあったか?」
鳥山が、カウンターの奥へ入って、棚からコップを出しながら、訊いた。
「病院では、やはり、内部のものの関わりじゃないかと感じました。カメラの監視状態や死角の事、外来者がほとんどない環境である事から、内部のものが関与している可能性は高いと思います。それと、吉岡という入院患者の話では、佐原氏は高校卒業後に何か後悔するような問題を抱えていたらしいという事でした。」
鳥山は話を聞きながら、器用にコップに飲み物を注ぎ、カウンターテーブルに並べる。
「やはり、何か人に言えない様な過去がありそうだな。松山の方はどうだ?」
「これと言って収穫はありませんでした。ただ、矢沢さんの話と繋がるんですが、佐原氏は修練館高校を卒業後、東京の私学へ進学しているんですが、卒業していません。経済的理由という事でした。」
「そうか・・大学時代に苦労したってことか。矢沢の話とも繋がるな。大学時代の事を少し調べてみる必要がありそうだな・・。」
そこまで話したところで、奥から、てっちゃんが、大皿のスパゲティとサンドイッチを運んできた。
「さあ、どうぞ。」
「おお、旨そうだ。」
そう言って、最初に手を付けたのは、鳥山だった。他の皆は、何度か同じ料理を口にしていて、たいしておいしくないことは判っていたので、少し遠慮がちだった。亜美は、初めての事で、おもむろに取り皿に大量にスパゲティを取った。一樹も松山も、ちょっと軽い笑みを浮かべて、亜美の表情を見ている。
「うわー・・!美味しい!サイコー!」
予想に反して、亜美が絶叫する。一樹や松山は、その様子を見て、いつもの味じゃないのかと、手を出し、やっぱりいつもの塩っ辛くて、ちょっと独特に臭いを持っていることを再確認して、取り皿を置く。そして、松山が一樹の耳元で囁いた。
「紀藤さんって、かなりの味音痴・・ですかね。」
そう言えば、一樹は亜美の料理を食べたことはなかった。確か、幼い頃に母を亡くし、料理は署長が専らやっていたと聞いたことがあった。署長の料理も相当にまずいのではないかと想像し、妙におかしくなった。

昼食ミーティングを終え、再びそれぞれに分かれて捜査を再開した。
東京での佐原氏の経緯調査は松山と森田が受け持つことになり、午後の新幹線ですぐに東京へ向かった。一樹と亜美は、引き続き、病院関係者の調査をすることになった。
一樹と亜美は、吉岡以外に、佐原と接触のあった人物はいないか調べる事にした。
午後のコミュニティルームには、患者や見舞い客が思い思いに過ごしていた。一人ずつ、佐原氏の写真を見せながら、接点はないか尋ねたが、特にこれといった収穫はなかった。夕方近くになり、徐々に人数は減り、面会時間が終わる頃には、誰も居なくなった。
これ以上は無駄と判断し、一樹と亜美は署に戻る事にして、玄関に向かう途中で、院長のレイと出くわした。レイは転落事故のその後の経過を知りたかったが、自分の立場を考え、迷い、言葉が出ず、軽く会釈をする程度しかできなかった。そんな様子を亜美が察知して、近づいた。
「今、しっかり捜査しているから・・自殺だと思うけど・・念のために・・」
そこまで言ってから、「亜美!」と強い口調で一樹が制止した。レイもそれがどういう事か大方の予想はできていた。レイは、「しっかりお願いします。」とだけ言って、再び会釈をして離れた。
車に乗り込むとすぐに一樹が亜美に言った。
「亜美、安易にああいう事を口にするんじゃない。自殺教唆の筋読みをしたのは、お前だろ?」
「でも、レイさんは犯人じゃないでしょ?」
「ああ、だが、病院関係者となれば、院長の責任も問われるだろう。いくら、親しいとしても・・いや・・親しいからこそ、今は距離を置くべきじゃないか?」
亜美は、一樹の言葉を聞きながら、割り切れない思いで外を眺めていると、目の前を紀藤署長の車が通過して行った。
「あれ?パパ・・いや・・署長じゃない?」
紀藤署長の車が、病院の駐車場を横切っていく。その先には、レイの家、神林元院長の家がある。

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