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1-8 無責任な噂話 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

一樹と亜美は、翌朝から、再び、病院へ行き事故発生前後の病院の様子を聞き取る事にした。まずは、十四階にいた医師やナースの行動を確認する事にした。
「その時間帯は、午後勤務の有田主任と岩月が勤務していたはずです。午前勤務の寺本師長と梅村が申し送りを終え帰るところだったはずです。」
そう答えるのは、看護師のトップ、総看護師長の飯田幸子だった。飯田師長には、今回の事故を自殺と断定する為の状況確認の為とだけ説明し話を聞いていた。
「今日も、同じ体制で、午後の出勤になっています。」
飯田は、パソコン画面に開いた勤務表を見ながら答える。
「十四階のフロアには、他に入院患者はいらっしゃるんですか?」
亜美が訊く。
「ええっと・・今は、御一人ですね。」
「あの・・どういう方なんでしょう?」
亜美は、何となく口にした。
「プライバシーに関する事はお答えできません。ただ、入院中の方は、症状が重く、自分で動くことはできませんから、今回の事故には、関係ないでしょう。」
飯田は厳しい口調で答えた。
「ナースの方からお話を聞く事は出来るでしょうか?」
一樹はいつもより丁寧な口調で看護師長に訊ねる。
「では、午後、出勤しましたら、ここへ呼びましょう。」
飯田総師長と約束し、午後二時に出直すことにして、六階のコミュニティルームに寄ってみた。午前中は、人影もまばらで、外来患者や家族がちらほらというところだった。昨日話を聞いた吉岡の姿はない。
「入院患者の中にという事はないかしら?」
亜美は、自動販売機から炭酸飲料を買ってから呟くように言った。一樹も、亜美に続いて自動販売機から缶コーヒーを買ってから答える。
「ああ・・それも考えられなくもないが・・偶然、入院中に佐原に逢って、恨みを晴らしたという筋になる。それなら、自殺教唆などという不確実な方法を選ぶとは思えない。それに、人を殺すというのは相当なエネルギーが必要なんだ。それほど強い恨みを持っているなら、差し違えるくらいのことはするんじゃないかな。」
「差し違える?時代劇じゃあるまいし。」
「たとえ話さ・・・・だが、偶然にそんなことは起こりにくい・・そうか・・・偶然じゃない・・相当な綿密な計画をして、ゆっくりと佐原を追い詰めたんだよ。きっとそうだ。」
一樹は、缶コーヒーを開けると一口啜った。
「ここに来る前から、計画されていたということ?」
「ああ、きっと、佐原氏に、以前から接触していたはずだ。そして、じわじわと自殺に追い込んだ。」
「そうかしら?それなら、奥様だって、何か異変に気付くでしょ?脅しの類なら、逃げ延びる事だって、例えばお金で解決する事だって考えたんじゃないの?」
一樹は、亜美の素朴な質問に、すぐには答えが見つからなかった。
「やっぱりダメか・・。」
一樹は大きくため息をついた。
「もう少し、佐原氏について知らなきゃだめだな。・・一度、佐原氏の自宅へ行ってみるか。」
二人は、一旦病院を出て、佐原氏の自宅へ向かった。病院から車で二十分ほどの住宅街、泉ニュータウンの中に佐原氏の自宅はあった。同じような建売住宅が並んだ通りの一番高台になるところに、佐原氏の自宅はあり、周囲の家とは比べ物にならないほどの豪邸であった。広い庭があり、砂場や遊具が置かれている。しかし、全ての窓にはシャッターが下りていて、ひっそりと静まり返っていた。
立派な作りの門に設えられたインターホンを押してみた。僅かにチャイムの音が聞こえたが、返答はない。しばらく待ってみたが、出てくる気配はなかった。
「ああ・・佐原さんなら、留守ですよ。」
二人の背後から声がした。向かいの住人らしかった。かなりの年配の女性だった。
「どちらかへお出かけでしょうか?」
亜美が尋ねると、その女性は、周囲をちらちらと見ながら浸りに近づいてきて、小声で言った。
「いや・・あんたたち、知らないのかい?佐原さん、病院で自殺したんだってよ。解剖するとかって言って、まだ、戻って来ていないらしい。昨日、ちらりと奥さんの顔を見たんだが、何だか、死人みたいな顔をしてたねえ。大きなボストンバッグを持って、お子さんも連れていたから、きっと、実家にでも戻ってるんじゃないかねえ。会社の社長とか言ってたけど、どうなんだろうねえ。きっと、大きな借金でもあったんじゃないかね。人材・・何とかって・・ありゃあ、口入れ稼業だろ?相当、世間様からも恨みでもかってたんじゃないかい?嫌だねえ、悪いことして金稼いで、こんな豪邸・・」
かなり、日頃から僻みを持っているのか、悪口が止まらない。こうやって、世間は罵詈雑言で満たされ、真実は闇の中へ葬られていくのだろう。亡くなった人への贐の一つも出ないのは、聞いていて辛かった。
一樹が、厳しい表情で、いきなり警察手帳を取り出した。
「転落事故の件で、今、捜査中です。」
かのご婦人は、手帳を見て、急に押し黙った。
「佐原さんは、そんなに酷い人だったんでしょうか?町内でも問題を起こしたり、ご迷惑をかけたりするような御一家だったのでしょうか?あなたにも何か酷い事をされたのでしょうか?」
亜美も少しきつい言葉で捲し立てるように尋ねた。
「いえ・・私は・・」
先ほどの御婦人は少し悪びれた表情をしている。
「ご近所づきあいはなかったのでしょうか?ご存知の事があるならお話し下さいませんか?」
今度は一樹がやわらかな口調で訊いた。
「いえ・・そんなに・・付き合いというほどの事も・・奥さんは明るい方で、お庭でお子さんを遊ばせていて、町内会にもちゃんと出てきていらしたし・・ご主人は、ほとんどお顔を見たこともなくてね・・。」
「何でもいいんです。何か、最近、揉め事とか・・・見知らぬ人が訪ねてきたとか・・。」
今度は亜美が訊く。
「さあ・・そんなに始終、外の様子を見ているわけじゃないし・・・。」
どうやらこの夫人はほとんど佐原氏の事を知らない様子なのが判った。あれほどの悪口を滔々と話していたとは、うって変わって、もごもごと話す様子にこれ以上は時間の無駄だなと判断した。
「ご協力ありがとうございました。」
二人はすぐにその場を離れた。住宅街の中を一通り歩いてみたものの、これといった手がかりもなく、肝心の奥さんが不在ではこれ以上ここに居ても無駄足になると決め、軽く昼食をとり、病院へ戻る事にした。
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