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1-9 ナースへの聞き取り [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

病院に着いたのは約束の二時近くになっていた。
総師長室に入ると、すでに、当日に勤務していた、有田主任と岩月が待機していた。一樹と亜美が部屋に入ると二人が丁寧にお辞儀をして迎えた。
「お話を、一緒に訊いていても構わないかしら。」
飯田総師長は、自分の席に座ったまま、そう言った。
「ええ、構いません。むしろ、総師長にも知っておいていただいた方が良いでしょうから。」
一樹はそう言うと、師長席の前にあるソファに座った。
「さて、二人に伺いたいのは、あの事故の前後の様子です。」と一樹が切り出した。
有田主任看護師と岩月ナースは一旦顔を見合わせた後、落ち着いた口調で、有田主任が口を開いた。
「主任の有田です。確か、転落事故の時間は、午後一時三十分でしたよね。その時間は、午前の勤務者からの申し送りを受けているところです。」
「では、事故の日も申し送りを?」
「いえ、その日は、昼食後に食器回収で病室に行った梅村から、病室に佐原様の姿がないとの報告があり、四人で佐原様を探していたんです。」
「部屋に姿がないっていうのは良くある事ですか?」
一樹が尋ねる。
「患者様に寄ります。佐原様の場合、再検査の入院でしたし、特に部屋を出入されても問題はない状態でしたから、制限しておりませんでした。」
「では、何故、探そうと?」
「いえ、食事を摂られていなかったんです。ですから、食事を摂っていただくようにお願いする為に探していたという事です。」
淡々と、有田主任は答える。
横に座った岩月も、有田の言葉に頷きながら聞いていた。その様子から、有田主任の話に偽りはないだろうと一樹は感じた。
「姿が見えなくなったのは、いつごろでしょうか?」
亜美が訊く。
「先ほども申しあげたとおり、自由にしていただいて問題ありませんから、時間までは記録しておりません。」
有田主任は表情一つ変えずに答える。
「何か変わった様子はありませんでしたか?」
再び一樹が訊く。これには、岩月が答えた。
「午前中の勤務だった、寺本師長も梅村さんとも確認したんですが、朝食は普通に食されていましたし、普段通りに挨拶もしました。どうして、こんなことになったのか・・・もっとお話しをしていれば良かったのか・・。」
少し、感情が混じった答えだった。
「悩みを抱えているような・・いや、自殺するような様子は感じなかったという事ですね。」
「判っていれば・・もっとできる事が・・あったかも・・。」
岩月は、まだ若い。そこまで話したところで、涙ぐんだ。これ以上言葉を口にすると、泣き出してしまいそうだった。その様子を見て、有田主任がきっぱりと答えた。
「そこまでは判りません。入院されて数日でしたし、普段の御様子も良く知りませんから。」
そのやり取りを見ていた飯田総師長が口を挟んだ。
「もうそろそろ宜しいでしょうか?午後の巡回時間も近づいていますので・・。」
病棟の患者は一人のはずで、それほど時間が掛かるものでもない。まして二人掛かりで巡回する事もないのだが、受け持ち患者が自殺した事のショックを引きずらないよう、総師長として判断したのだという事は、一樹や亜美にも理解できた。
「ありがとうございました。」
二人は、総師長、有田主任、岩月に礼を言って、席を立ち、コミュニティルームへ行った。
「あの日は、昼食前から部屋にいなかったのは判った。誰かに呼び出されたのか、自分で動いたのか。朝食の時間には部屋にいたのだから、その後、部屋を抜け出したということか。3時間以上、どこに居たのか。」
一樹の手許には、病院の案内パンフレットがあった。
神林病院は、狭い敷地に建っていて、細身のビルで十四階建てだった。一階は外来診療、二階は検査室、三階は手術室、四階が事務室、五階は、先ほどいた看護師長室や研究室になっていた。
六階から十階が病棟で、リハビリ室や娯楽室、コミュニティルーム等もある。各階にナースステーションもあった。十一階は医師の研究室、十二階は、カンファレンススペース。十三階が院長室になっている。佐原氏は最上階の特別室にいた。
「姿が見えなくなったということは特別室階には居なかったということだな。エレベーターで移動したのは間違いないだろう。確か、カメラ映像は、十階以下のものは保存していると言ってたよな。」
一樹はひとり言のように呟く。
「守衛室へ行きましょう。」
亜美が先に動いた。すぐに守衛室で、当日に午前中の映像を確認した。だが、エレベーターには佐原氏の姿はなかった。十階以下の映像にも確認できなかった。
「すみませんが、当日の映像データをいただけませんか?署でもう少し詳しく見たいんです。」
亜美が守衛に頼み、映像データを受け取った。二人は、一旦、署に戻る事にした。

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