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1-11 下川医師 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

十一階の研究室のフロアは、八つの部屋があった。
医師のうち、君原副院長、下川内科部長、平松外科部長の三人、それと遠藤検査部長がそれぞれ個室を持っていた。内科医や外科医、それに研修医が十人ほど居て、広い部屋にそれぞれの机を持ち、検査部の技師たちも一部屋を使っていた。二つの部屋は、仮眠室になっていた。

一樹と亜美は、下川の部屋の前に居た。金色のプレートに「内科部長・下川秀雄」の名前があった。ノックをするとすぐに下川は顔を出した。
「先日の自殺の件で少しお話を伺いたいのですが・・。」と亜美が挨拶しながら言うと、下川は快く二人を迎え、机の前のソファについた。
「やはり、お見えになりましたね。」
下川医師は察知していたように言った。
「佐原君とは高校の同級生だったので、おそらく、刑事さんがお見えになるだろうと思っていました。」
「お付き合いなどはあったんですか?」と亜美が訊く。
「いえ、入院患者の名前を見て、もしかしたらという程度で・・・しばらく会っていませんでした。」
下川医師は落ち着いた口調で答える。
「単刀直入にお聞きします。あの日、佐原氏とはお会いになりましたか?」
「いえ、あの日は、午前中は外来診療の日だったので、出勤してからすぐに外来へいましたから・・。」
「入院されてから数日の間には?」と一樹が訊く。
「ええ、入院した日の夕方だったかな・・特別室の回診で行きました。佐原君の担当医ではありませんが、ちょっと顔でも見ておこうと思い、部屋に行きました。久しぶりだなという程度の会話でした。」
知り合いが自殺したという状況にはほとんど動じていない様子で、淡々と答える。
「高校時代のお付き合いは?」
「私は、理系クラスでしたし、彼は文系でしたから、同じクラスにはなった事はないですね。部活もしていませんでしたから、彼との接点は余りありません。・・ただ、学園祭の時、場所の配置で、私のクラスと佐原君のクラスで揉めまして、ちょっとしたイザコザが起きてしまって、お互いにクラスの代表ということで話合いをすることになったんです。その時の思い出がある程度ですかね。・・・もう三十年も前の話ですよ。」
急に昔の思い出話をしたことに自分でも驚いたのか、先ほどまでの淡々とした表情よりも少し興奮しているのが判った。
「佐原さんは、こちらで人材派遣会社を経営されていて、地元では割と顔が広いようでしたが、地元のつながりで・・例えば、高校の同窓会とかで会う事はなかったんでしょうか?」
亜美が訊いた。
「ああ・・そうですよね。・・でも、私が橋川市に戻ったのは一年前なんです。それまでは、静岡の病院に勤務していたので、そういう付き合いはほとんどありませんでした。」
下川医師がそう答えた時、持っていたPHSが鳴った。
「すみません。そろそろ、宜しいでしょうか?救急患者の受け入れがあるようですので・・。」
そう言いながら、すぐに机の上の聴診器やペン等を手にし始めた。
「最後にひとつだけ。佐原さんはどうして自殺したのだと思いますか?」
下川医師は、一瞬手を止めたが、「判りません」とだけ答え、急ぎ足で、部屋を出て行った。

続いて、二人も部屋を出た。下川医師の話に、違和感を覚えるような内容はなかった。単なる偶然の範疇のように思えた。なにより、下川医師の側から見れば、地元の高校を出ていて、地元の病院へ勤務すれば、患者の中に知り合いや同級生がいるのはごく当たり前である。二人とも、全く別の土地に居て、この橋川市で再会したという条件のほうが、意図的な関係にあるのではと考えるべきである。下川医師からすれば、刑事が来るのは予見できたことなのだ。
「一応、裏どりしていくか。」
一樹はそう言って、エレベーターで十四階へ向かった。
ナースステーションには、昼間に会った有田と岩月がいた。
「昼間はお忙しいところありがとうございました。」
一樹が挨拶した。二人も小さくお辞儀をした。
「一つ、確認させていただきたいことがありまして・・・下川医師の事なのですが・・。」
一樹が切り出すと、有田が、一瞬、眉をひそめる表情を見せた。一樹はその変化を見逃さなかった。
「下川医師は、ここには良く来られるんですか?」
隣にいた岩月が何か言おうとしたが、制止するように、一歩前に出て、有田が答えた。
「下川先生は、内科部長ですから、特別室の回診もされています。週に三度はここへいらっしゃいます。」
「そうですか・・。先ほど、下川医師にお聞きしたんですが、佐原氏と同級生だったそうで、一度、挨拶にされたようなんですが・・。」
一樹は敢えて、ぼんやりと説明した。
「ええ、確か、佐原様が入院された日の夕方、下川先生が回診の後に、お部屋に入って行かれました。」
有田主任はきっぱりと答えた。
「よく覚えていらっしゃいますね。」
「下川先生から、同級生が入院しているから挨拶しておくとお話しされたので、それに、看護日誌にもそう記載されていますので、覚えています。ここで起きている事は細かく記録し、全員が知っておくことになっていますから。ここはそういう病棟ですので。」
有田主任の口調はやや強かった。
「それ以外には下川医師は、佐原氏とは逢っていないでしょうか?」
一樹がさらに訊く。
「お会いになっていらっしゃらないはずです。」
あっさりと、有田主任は答えた。そこには何の迷いもなかった。

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