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1-12 研究室 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

下川医師の供述に不審な点は無いようだった。二人は、また手がかりを失ったようで、やむなく、署に戻ろうと十四階からエレベーターに乗った。十一階でエレベーターが停まり、医師が乗り込んできた。
「おや、矢沢君と紀藤さんじゃないですか。事故の調べですか?」
乗り込んできたのは、君原副院長だった。
彼は、前の事件の時、レイの研究論文を読み解き、神林院長の真の姿を暴いてくれたのだった。その時は、市民病院に勤務していたのだが、レイが院長になり立て直しをすると聞き、自ら協力を申し出て、副院長となったのだった。
「はい。・・」
「その様子だと、やはり、単なる事故・・いや、自殺じゃないようですね。」
「いや・・未だ、何とも・・。」
一樹はどこまで話してよいものか考えあぐねて、曖昧な返答をした。
「入院患者が自殺を図るなんてありえないですよね。僕は、誰か、そう仕向けた張本人がいるんじゃないかと考えています。そして、それは、おそらく病院関係者・・高い確率で医者ではないかと思いますよ。」
「それって・・同僚を疑っているということですか?」
亜美は驚いて尋ねた。
「残念ながら、そう思います。何の証拠もありませんが・・・命を救うのが医師なら、奪うのも医師。我々はそう言う境界線の上を歩いているようなもんですから・・。」
エレベーターは一階に到着し、君原副院長は軽く会釈をして、出て行った。
「君原先生も同じ考えのようだな・・・さて・・どうする。」
一樹が亜美を見る。
「医師全員から話を聞いた方が良いって事よね。」
「ああ、そうだ。」
一樹は、エレベーターの十一階のボタンを押した。再び、十一階の研究室フロアに戻ったころには、夕刻を迎えていた。二人は、まず、大部屋を訪れた。そこには、内科医や外科医、研修医の机があったが、救急対応で出払っているのか、座っていたのは二人だけだった。
一樹と亜美は、一番手前の席に座っていた渡辺カンナという女医から話を聞く事にした。下川医師と同じ内科で、直接の部下という事になるだろう。
「あの日は、当直明けで、仮眠室で少し眠ってから家に帰るつもりでした。」
三十歳前後であろう女医は、ショートカットで化粧もしていない、仕事だけに集中しているといった雰囲気を醸し出していた。
「佐原氏とは面識はありますか?」と一樹が訊いた。
「いえ、まったく、私は外来と当直がほとんどですから、入院患者の方との面識はほとんどありません。」
「下川医師と佐原氏は地元の高校で同級生だったようなのですが、下川医師が佐原氏と話しているようなことは目撃されていませんか?」
「さあ、病棟を歩いていれば多くの患者さんとも顔を負わせますし、お話もします。担当医ならば、定期的に診察もしますから・・他の先生方がどんな方とお話しされているとか、気にしている余裕はありません。まして、十四階の患者さんなら、余程の方でなければ・・。」
さばさばと答えてくれるが、全く、参考になるような内容はない。
「あの・・下川医師はどんな方なんでしょう?」と亜美が訊いた。
「どんな方って・・・言われても・・・まだ一年ほどご一緒に仕事をしている範囲ですし・・よく判りませんが・・・下川先生の事なら、看護師の有田さんに訊いた方が良いんじゃないでしょうか?」
「それは・・どういうことですか?」と亜美が言う。
「有田さんは、下川先生が静岡の病院から連れてこられたんです。医師がナースを連れてくるのはあまり例がなくて・・赴任されたばかりのころには、何か特別な関係じゃないかと、看護師たちが噂していましたから。」
そんな話も様子もみじんも感じなかった。
「で・・それは?・・。」と亜美が訊く。
「そういうんじゃない、親戚の姪っ子のようなものだと下川先生がおっしゃっていました。有田さんは、病気でご主人を亡くされたばかりで、ちょうど、こちらの病院で看護師を募集していると聞かれた、下川先生が、声を掛けられたということでした。・・新道院長からもそう聞いています。変な関係じゃないんですよ。ただ、こちらで聞かれるより、有田さんの方が下川先生の事は良く判るんじゃないかと思っただけですから。」
その話を聞いていた別の医師が立ち上がって、一樹たちのところへ来た。
「下川先生は、良い先生です。真面目ですし、患者さんとも真摯に向け合っていらっしゃる。それよりも、平松先生の方が、とっても怪しいです。何をしてるんだか・・・」
その医師は、少し軽い口調で、吐き捨てるように言った。
「止めてください、斉藤先生。」と、渡辺医師が制止した。
「本当の事でしょう。手術の腕は多少良いのかもしれないけど、看護師にも何かと悪態をついてるし、研修医にだって酷い言葉を・・、ああいう人が部長なんて・・・。」
どうやら、斎藤医師の話は、日頃の不満をぶちまけたいだけの様だった。そういう斎藤医師も、余り研修医に慕われているとも思えなかった。数人いた研修医が、すぐに席をはずそうとしたのを見て、一樹は感じた。
一樹と亜美は一旦部屋を出た。
ちょうど、外科部長の平松が部屋に戻ってきたところだった。五十代らしく、かなりの白髪交じりの頭は、短く刈られ、一見してもあまり上品な感じはなかった。
「刑事さん、いい加減に、決着をつけてくれないか!自殺なんだろ?サッサと終わりにしてくれよ!」
斎藤医師が言った通り、平松医師は口調を荒げて言った。
「佐原氏と面識は?」と一樹が訊くと、「知らないよ。あそこの担当医は、副院長と決まっているんだ。あいつに聞いてくれよ。」と平松医師は答え、自分の部屋のドアを開け、さっさと中に入って行った。
君原副院長とは先ほどエレベーターであったばかりだった。だが、担当医など言う言葉は出なかった。
「あの、まだ・・。」と亜美がドアに向かって言いかけたが、一樹が止めた。
「もういいだろう。彼は関係なさそうだ。」
もう、夕日が空を赤く染めている。
「署に戻ろう。」
そう言って、玄関を出たところで、黒塗りの高級外車が駐車場に入ってきた。玄関前では止まらず、裏口の方へ回って行った。気になった二人が、気づかれないように裏口に回ると、数人の男に守られるように、男が一人、病院へ入っていく。
「どこかで見たことのある顔だな。」
一樹はそう言うと、玄関に戻り、エレベーターへ向かった。だが、そこには誰もいない。
「どこに行ったんだ?」

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