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1-13 意外な情報 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

病院の外に出ると、もう日が暮れてしまっていて、暗い空が広がっている。ふと見上げると、西の上空に、大きな灯りが浮かんでいる。目を凝らすと、それは飛行船だった。
「おい、亜美、あれ。」
「ああ、飛行船ね。時々、飛んでるのよ。・・でも夜は珍しいわね。夜景でも楽しむのかな?」
「夜景?」
「あら、一樹、知らないの?あれは観光飛行船よ。去年くらいから飛んでいるはず。予約すれば、乗れるみたいよ。専用の空港もできたみたいで、橋川市上空をぐるりと回って、半島の先まで行くって・・。ああ、そうそう、街の映像も写していて、ネットでも見られるって聞いたけど。」
飛行船はどんどん近づいてきて、神林病院の真上を通過した。
「おーい!」と亜美が子どものように手を振った。
真っ暗になった中でいくら手を振ったところで見えるわけもないのだがな、と一樹が心の中で呟く。
二人は署に戻ると、鳥山課長と紀藤署長が居た。
「松山たちは、明日には戻るそうだ。」
一樹は、病院の聞き込みの内容を一通り報告した。
「そうか、君原先生も、同じ考えのようだな。今度も、協力してもらえると助かるんだがな。」
紀藤署長はそう言った。
「ただ・・これと言って、進展はないというところか・・。」
鳥山課長が言うと、一樹と亜美が、悔しそうな表情を浮かべた。
「もう少し、当日の様子が判れば・・・。きっと、屋上に誰かが居たはずなんだが・・。」
そこへ、鑑識課の川越が入ってきた。
「大変なものが出てきました。」
川越はそう言うと、何か小さな紙片のようなものが入ったビニール袋を見せる。
「佐原氏の解剖結果は、特に薬物とか、病変など、変わったものは見つかりませんでしたが、胃の中からこれが出てきたんです。」
「何?それ。」
「拡大したものがこちらです。」
そう言って、川越は、その紙片を拡大した映像プリントをホワイトボードに貼り出した。
「遺書と同じ材質の紙で、小さく千切られていました。おそらく、佐原氏が自殺の前に飲み込んだものと思われます。胃の中で大半はバラバラになっていましたが、部分的に残っていました。辛うじて、秘、北、死、佐、置、の五文字だけは拾えました。」
「これって・・。」と亜美が言う。
「おそらく、犯人からの脅迫文でしょう。これを読んで、佐原氏は自殺したに違いありません。」
川越が誇らしげに言う。
「やはり、なにか途轍もない秘密を抱えていたという事なんでしょうか?」
一樹が言うと、鳥山が答えるように言った。
「これで、今回は、単なる投身自殺ではなく、自殺教唆の事件という事は確実だな。」
皆、頷いた。
「だが、この文字は・・」と鳥山は言ってから、思い出したように、「そう言えば、松山たちは、佐原氏の状況後の様子を調べていて、今は、東北まで足を延ばしていたな。この、北の文字は、東北と関係があるという事じゃないかな。」と推理した。
「では、東北に居た頃の秘密を知っている人間に、脅されていたという事か?」
紀藤署長が続ける。
「この、佐の文字は、佐原氏のことか・・・余りにも手がかりが少ないな・・・。」
一樹は言うと、皆、黙りこんだ。そこへ、藤原女史が「亜美ちゃん、映像の解析、終わったわよ。」と言って現れた。「それで、なにかわかった事は?」と亜美が尋ねる。
「やっぱり、佐原氏は写っていなかったわ。おかしな動きと感じるようなものも無かった。」
藤原女史は残念そうに話した。
「佐原氏の姿が見えなくなって、看護師が院内を探したそうですが・・。」と一樹が訊く。
「ええ、確かに、小走りに動き回る看護師の姿はあったわ。一階から十階の間に写っていたわ。ええっと・・」
藤原女史はそう言うと、タブレットパソコンを取り出し、写真を開いた。
「いつの間にそんなものを・・。」と鳥山課長が呆れた表情を浮かべて言った。
「この四人ね。」と藤原女史が示した写真には、寺本則子看護師長、有田優香看護師主任、梅村彩夏看護師、岩月美紀看護師の名前が入っていた。十四階のナースステーションで聞き取った事と一致する。
「ただね・・この・・有田看護師主任だけ、ちょっと動きがおかしいの。写っているのも十階のフロアで1回だけ。その後は全く写っていないようなの。まあ、十一階から十三階に居たのかもしれないけど。」
「先生たちの動きは?」と亜美が訊く。
「一階の外来では、下川医師、斎藤医師の二人が未だ、診療中だったわ。午前の診療時間はとっくに過ぎていたけどね。それから、君原副院長と新道院長の二人は、五階の看護師長室に写っていた。医師のほとんどは病棟で発見できたわ。検査技師の数人が、休憩室にいて・・・病院関係者の中で、特別に気になる場所にいる人は居なかったわ。」と藤原女史が説明した。
「そうなると、佐原氏と接点があり、現時点で一番怪しいのは、有田看護師主任ということになるか・・。」
鳥山課長が言った。すると、亜美が「でも、有田さんは真面目そうでそんな感じはなかったわ。」と言う。
「だが、最も接点を持ちやすいのは十四階の看護師だ。定期巡回のたびに、脅迫したとも考えられる。」
一樹が言う。
「だが、立証するのは無理だな。・・例えば、脅迫文と有田主任との関係が立証できれば・・。」
それを聞いて、川越が言った。
「すみません。先ほどの紙片のことですが、かなり古い紙のようです。今、特定を急いでいますが、最近の紙には含まれない光沢インクが検出されました。・・・そう、そう、あの、北の文字の周囲から強く検出されているので、何かのロゴタイプではないかと思います。」
「どういう事かな?」と一樹が呟く。皆、考え込んだ。
「とにかく、佐原氏は何者かに秘密を握られていて、それが原因で、自殺した事は確かだ。脅迫による自殺という見立てで、引き続き、情報収集を進めよう。」
鳥山の言葉に皆頷き、その日は解散することになった。
出口で、一樹が藤原女史を呼び止めた。
「藤原さん、頼みがあるんです。・・ちょっと厄介な事なんですが・・。」
そう言って、一樹が藤原女史に何かを告げると、藤原女史はかなり困った表情を浮かべたが、承諾したような表情を浮かべ、さっさと出て行った。

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