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1-22 佐原氏の書斎 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「もう少し、佐原氏について調べた方が良さそうだな。お前の筋読み通り、誰かに脅されていたのなら、きっと何か手掛かりがあるはずだ。佐原氏の奥さんに、もう一度、話を聞きに行こう」
「でも恨まれるようなことはないって・・。」
「だが、実際、誰かに恨まれていた。恨みを買うような事を学生時代にやったとしたら、奥さんは知らないはずだ。」
「じゃあ、話を聞きに行っても・・。」
「いや、恨みを買うような事じゃなく、ここ2か月くらいの間に、おかしなことはなかったを確認するんだ。」
「ああ・・ヴェルデの男三人の話ね。・・そうね、今まで会った事のないような人に会ったとか・・。」
院長室を出て、一樹と亜美は、佐原氏の奥さんに逢いに行った。

佐原氏の自宅は、雨戸シャッターが下りており、留守の様に見えたが、先日と比べて、車庫周りが片付いていて、玄関ドアの奥の方に、灯りがついているのを確認できた。
亜美がインターホンを押し、警察であることを説明すると、しばらくして玄関が少し開いて、奥さんが顔を見せた。ご主人を亡くしたショックからか、随分とやつれていた。
二人は家の中に入り、リビングのソファに座った。
「時々、興味本位に、覗きに来る方があるので、雨戸は閉めています。」
奥さんはそう言いながら、二人の前にお茶を並べた。
一樹は、決断したように切り出した。
「今回の件は、誰かに脅されて、やむなく自殺されたという見方をしています。ただ、まだ、糸口がつかめないのです。きっと、御主人は、昔、強く恨まれるような事をやっているようなんです。」
「いえ・・主人は、そんな人じゃ・・。」
奥さんは平静を装って対応していたが、一樹の話を聞くと少し興奮気味に反応した。
「ええ・・おそらく、奥様と出逢われてからはきっと恨みを買うようなことはなかったんでしょう。・・奥様、佐原さんの昔の事はどれくらいご存知でしょうか?」
亜美が宥めるように訊く。
「主人と出逢ったのは、会社を興してすぐの頃です。7年くらい前です。私は会社の事務アルバイトをしていました。朝早くから夜遅くまで、とにかく、派遣社員の契約や調整やらで、働きづめでした。一人一人の事を真剣に考え、派遣じゃなく正社員になれるよう、熱心に会社へも頼み込んで・・・感謝されることは多かったですが、恨みを買うような事など・・・。」
奥さんは、生前の佐原氏を思い出し、涙を浮かべている。
「それ以前の事は?」
一樹が訊く。
「若い頃、御実家が破産して苦労した。いろんな仕事をしてきたから、今がある。誰でも役に立てるところはあるはずだというのが口癖でしたから・・・。東京の大学に行っていたけど、学費は払えなくなって、あちこち転々として働いたとしか聞いていません。」
「どこにいたとかは?」
「いえ・・あまり、その頃のことは話したがりませんでした。苦労話なんか聞かせたくないとも・・。」
一樹と亜美は少し落胆した表情を浮かべていた。
「あの・・ここ2ヶ月くらいの間に、何か変わったことはありませんでしたか?」
一樹が訊く。
奥さんは少し考えてから、答えた。
「そう言えば、何だか、夜遅くに戻ってきて、深刻な顔をしていた事はありました。」
「いつごろでしょう?」
「・・確か・・2か月くらい前・・そうそう、『今日は早く帰れるから、家族で食事に行こうか。』と上機嫌で出がけに言っていたのに、結局、夕方、予定が変わったからと携帯にメールがあったんです。」
奥さんはそう言うと、携帯を取り出して、メールを開いて見せた。
「その予定というのは何かは・・。」
一樹が訊いたが、奥さんは頭を横に振った。
「理由を聞こうと待っていたんですが、何だか凄く深刻は表情で帰ってきて、何も言わず、書斎には居てちきました。理由など、とても聞ける雰囲気じゃありませんでした。」
「他には?」
「一度、上村さんという方から連絡がありました。休みの日で、主人が携帯を置いたままだったみたいで、私が代わりに出たんです。不在だと告げると、何も言わず切れました。ちょっと、怖い声でした。」
一樹と亜美は、上村の名が出た事で確信を得た。やはり、上村と佐原は同じ秘密を抱えている。
「あの・・この人は訪ねてきませんでしたか?」
一樹は、下川医師の写真を見せた。
「あら、この方は、下川先生でしょ?存じ上げていますよ。主人の入院も、先生から勧められたんです。」
「下川医師と佐原氏は懇意だったのでしょうか?」
一樹が訊く。
「懇意って言われても・・・会社の健康診断は神林病院でしたから、主人もその関係で知っているのだと思いますが・・それ以上の関係だったかどうかまでは・・・。」
これ以上の事は、訊き出せないような感じだった。
「あの・・御主人の書斎を見せていただけないでしょうか?何かのヒントがないかと思いまして・・・」
一樹が遠慮がちに言うと、奥さんは、快く了解した。
佐原氏の書斎は、2階の北側の3畳ほどの狭い部屋だった。会社関係の書類が整然と書棚に収まっている。
「古いものはどこかにしまわれているんでしょうか?」と亜美が尋ねる。
「いえ・・この家を新築した時、古いものは全て処分しました。持っていても仕方がないからと・・。」
奥さんの言葉を聞きながら、一樹は注意深く書棚周りを探っている。
確かに、書棚の中には、比較的新しい本が並んでいる。几帳面な性格だったのか、大きさも揃っていて、整然としている。よく見ると、書棚の下に小さな引き出しがあった。小物入れ程度の大きさで、開けてみると、デニム生地の古びた布袋が一つ入っていた。

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