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1-1 夢の始まり [アストラルコントロール]

深夜12時、ようやく帰宅してベッドに転がり込んだ。
フリーライターの射場零士は、芸能人のスクープを追いかける毎日だった。最近は、不倫程度のゴシップネタでは、買ってくれる週刊誌もなくなった。犯罪の匂いがするものでないと、編集者は簡単に触手を伸ばさない。
「そろそろ限界かな。」
ベッドに横たわってぼそりと呟く。
あと少しで厄年だ。最近は、深夜や早朝の突撃取材など、気力が追いつかなくなっていた。かといって、ほかに何で稼ぐか、見当もつかない。
人生に行き詰っているのは、他人に指摘されるまでもなく、自分が一番理解している。
ぼんやりとしているうちに睡魔が襲ってきた。零士は、そのまま、眠りに落ちていった。
しばらくして、夢を見た。
住宅街を女性が二人歩いている。古い街灯はついているのだが、二人のシルエットくらいしかわからない。自分はなぜか、その二人をやや上空から見ている感じだった。
ここはどこなんだろう・・と考えると、急に目の前に電柱が近づいてきて、そこに貼られている地名盤が見えた。「桂木町2丁目」と読めた。おや、自分のアパートからほど近いところじゃないかと思った途端、今度は、歩く二人の女性を後方から見る位置に変わった。なんだか、尾行しているような感じだった。
「変な夢だな」
夢を見ながらそんな感想を抱くなんて、さらに異常だ。疲れているのかな・・。そんなことを考えながらも、依然として女性二人の後ろにいて、様子をうかがっている自分がいた。
街灯が少しまばらな場所に差し掛かった時、並んで歩いていた右側の女性が、ハンカチを手に巻き付けて、カバンからアイスピックを取り出した。そして、隣を歩く女性の肩を掴んで、首筋にアイスピックを突き立てた。一瞬だった。左側の女性は、首筋から真っ赤な血が噴き出して崩れるように倒れた。
「おいおい、夢でもこんな惨い光景は見たくないなあ・・。」
そんなことを思っていると、アイスピックを持った女性は、倒れこんだ女性の様子を伺い、息絶えたことを確認すると、スマホの緊急通報ボタンを押して、持っていたアイスピックを自分の胸に突き立てた。
零士はその女性に近づくと、二人の様子を見た。首筋を刺された女性は、完全に息絶えている。水色のワンピースが自分の血で真っ赤に染まっていく。まだ30歳そこそこ、色白で品がある表情、持っているバッグから、ある程度金銭的に余裕があるのは明白だった。
「おや、確か彼女は・・。」
女性の顔を見て、零士ははっと思いだした。
「女優の片岡優香じゃないか?」
半年ほど前に、企業の取締役だった男との不倫騒ぎの記事を書いた。だが、同じころ、男性俳優の自殺騒ぎがあり、その原稿はお蔵入りとなった。知名度や人気を考えれば、ニュースの価値は明らかだったし、片岡優香という女性は何かとお騒がせなところがあって、不倫程度ではインパクトも弱かった。
「あの時の記憶が夢になったのかな?」
そんなことを考えながら、もう一方の、刺したほうの女性を見る。
グレーのスーツを着ていて、おしゃれとはいいがたい眼鏡、化粧っ気もない感じに見えた。胸に刺さったアイスピックからわずかに出血はしているものの、致命傷ではなさそうだったが、刺さった場所が悪かったのか、呼吸が厳しい状態で、時間がたてばやはり絶命するかもしれないとも思えた。
「なんだ、この夢?リアルすぎるだろ・・。」
そう思ったとたん、夢は終わった。
アパートの近くで救急車のサイレンが響いている。
零士は、その音で目覚めた。時計を見ると、まだ午前4時だった。体中がだるい。睡眠の途中で起こされたような、いや、睡眠自体していなかったような感覚だった。
アパートの窓を開けると、白み始めた空が広がっていた。
サイレンは数百メートル先のようだった。

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