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1-4 二度目の夢 [アストラルコントロール]

「意識は?」
五十嵐が看護師に訊くが、看護師は「担当医にお聞きください。」と答えるだけだった。
そこに、担当医が入ってきた。かなりの年配の医師だった。その医師は、五十嵐を見て、あからさまに嫌な顔を見せた。
「容体は?」
五十嵐が医師に訊く。
その医師は、心電計と見ながら、一呼吸おいて答えた。
「見ての通りです。」
少し挑戦的な返答を医師が口にした。
その言葉に、五十嵐がやや苛立つ表情を見せた。医師はそれを見て、わずかに笑みを浮かべる。
どうせ、事情聴取ができるかどうかを確認したいというのだろう。患者の命が助かるかどうかより、事件解決の情報が得られるかどうかが大事なんだろう。そういう輩は嫌いなんだよ!
医師の心の中が透けてみえるようだった。
その医師は、もう一呼吸おいてから話始めた。
「命に関わるほどではありません。刺さった場所は、急所は外れていましたし、大きな血管も傷ついていませんでした。ただ、肺が少し損傷を受けて、一時的に低酸素状態になったようです。意識が戻るには多少時間が掛かるでしょうが、まあ、数日中には話せるようになるはずです。」
医師はそう言って、アイスピックが突き立てられていた場所のガーゼを外し、少しだけ処置をした。
「しかし、こんな幸運なことはめったにないでしょうなあ。」
医師の言葉とは思えないようなものだったので、五十嵐は、「どういうことでしょう?」と訊き返した。
「ここは救急センターですから、こうした患者をこれまでにも何人か診たことがあります。アイスピックとかナイフとかこれほど深く刺さった状態は初めてでしたが、なんとも、・・。この場所の数センチ横には心臓と繋がる動脈があり、そこが傷つけばこんなに軽傷では済まなかったはず。それに、深さもこれ以上深ければ、完全に肺が死んでしまっていて回復の見込みはなかった。殺さないためにピンポイントで刺したといえるほどのことだったんですよ。」
医師の説明を聞き、五十嵐は違和感を感じ、もう一つ質問した。
「あの・・すみません・・もう一人の女性は診られましたか?」
「ええ、同時に運ばれてきましたから・・。」
「彼女のほうはどうだったんでしょう?」
「ああ・・彼女のほうは、ほぼ即死だったはずです。アイスピックはほぼ付け根の位置まで刺さっていたようで、頸動脈は完全に貫通していましたし、その先端は頸椎に達していました。たったひと突きでそこまでできるのはよほど手慣れたものとしか思えませんでしたな。」
医師の答えに、五十嵐は再び違和感を感じた。
「すみません。捜査を混乱させるつもりはないんです。ただ、これは、衝動的な殺人とは違うように感じたので・・私の話は忘れてください。」
医師はそういうと、そそくさと病室を出て行った。
「なんだ?またおかしな夢を見た・・。」
そこで、零士は目を覚ました。
自分の身に起きている事態が理解不能になっていた。
とにかく、気持ちを落ち着かせたかった。部屋を出て、歩いてすぐのところにある「Dream」という喫茶店へ向かった。
昭和の時代から変わらない風情の店。白髪の年配のマスターが、サイフォンを使って丁寧にコーヒーを淹れてくれる貴重な店だった。それほどなじみというわけではなかったが、一仕事終えた後、ここの一番奥の席でぼんやりすることで、精神的平静を保っていたといってもおかしくなかった。
熱いコーヒーを注文して、いつもの席へ座る。そして、先ほど見た夢を思い出していた。
「おそらく、あれは、桂木記念病院だ。現場から一番近い病院だから、そこへ搬送されたんだな。」
そう呟きながら、スマホを取り出し、MAPを開いてタイムラインを確認した。
『やっぱり・・あの場所に行ったのはさっきが初めてだ。やっぱり夢だよな。』
コーヒーが運ばれてきた。零士は、コーヒーを啜る。
『この事件を記事にすればいいネタになるかもしれないが・・事件のすべてを証明できないんじゃ、意味がないな。”夢で見た真実”なんて誰が読むんだよ。』
それ以上、考えても何も出てこないこともわかっていた。コーヒーを飲み干すと、アパートへ戻った。

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