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1-1、訪問者 [峠◇第1部]

tao.JPG 夏の終わり、峠にあるバス停に男が一人、大きめの荷物を持って、立っていた。
 砂埃を立てて、峠を下っていったバスには、彼以外には乗客はいなかった。
 バス停の隅に置かれた今にも朽ち果てそうな長椅子に腰を下ろして、たばこに火をつけて、少し深く煙を吸い込んだ彼は、ため息を吐き出すように、
「ここが最後の場所だな・・・。」

 彼の職業は、フリーライター。と言っても、大した仕事をしているわけでもなく、ここ数年は、ある「言葉」を追って、全国を歩き回っていた。
 大きめの荷物には、大半がこれまで集めた資料が入っていて、他人が見れば、ゴミ同然の代物に違いなかった。

峠道の頂上に立つと、そこからは、瀬戸内の穏やかな海が見える。
そして、両脇に立つ山に貼り付くように集落があり、その間を流れる川を取り巻くように水田が広がっている。
晩夏となり、水田の稲もわずかに穂が伸びているらしく、西風にあおられて、やや重く揺れているようにも見える。
峠から少し下ったあたりに、東と西に広がる尾根伝いに小道があり、自動車がようやく入れるほどの道幅で、轍だけが木陰の中に続いていた。

 彼は使い古した黒い手帳を取り出して、これからの目的地を確認すると、荷物を持って立ち上がった。
 「この道でいいはずだよな。」
 独り言をつぶやき、西側の道を入っていった。
西側の道は、少し上り坂で、珍しく石畳が残っていた。
両脇の雑木が、ちょうどトンネルの様に茂っていて、汗ばんだ肌がひんやりするほどだった。行く手の100mほど向こうに、目的地の玉林寺が見えた。

玉林寺はこの村の墓守で、由緒や建立時期などは不明であるが、割と古い建物で鐘楼もしっかりしており、本堂には阿弥陀如来も鎮座していた。
山寺と言うにはやや大きく、本堂の裏には、墓地も広がっている。
漆喰の書蔵もあり、過去帳なども揃っているらしい。境内は、よく手入れされており、落ち着いた趣がある。
「ごめんください。ご住職はいらっしゃいませんか。」
 何度か呼びかけたが、本堂からは返事がなかった。横手にある住居に回ろうとしたところで、声がした。
「こちら、こちら。すぐにいきますから少しお待ちを。」
 納屋らしき建物から、住職が足早に出てきた。
「墓掃除をしていまして、道具を片づけていたところで転んでしまいまして。」
現れた住職は、右手をさすりながら、こう言って苦笑した。

住職と言っても、畑仕事の農夫と変わらず、麦藁帽をかぶり、腕抜きに地下足袋で、メリヤス肌着にナッパズボンを履いている。年齢は60才くらいだろうか、白髪が交ざった太い眉に、少ししゃくれた顎が印象的だった。
「あの、先日お電話させていただきました福谷幸一と申します。用件はお伝えしてあると思いますが・・・」
そこまで言うと、住職が遮るように
「存分にどうぞ。どうせ、暇にしていたところじゃし、庫裡の掃除にもなりそうじゃから、いいですよ。それと、本堂に寝泊まりしてもらって結構。儂もひとり暮らしで、気楽にやっとる身の上。食事の支度くらいは、お手のもの。なに、金なんかいらんから、ゆっくりしていけばええ。」
 こう言うと、妙な笑顔で、肩を叩いてさらに付け加えた。
「面白いものが見つかったら、教えとくれな。わはっはっは。」
 住職にしてみれば、彼が何をしに来たのか余り関心がない様子であったが、久しぶりの訪問者ということで、何とは無しに嬉しかったのだろう。彼にとっては、思ってもみない応対で、安堵した。


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