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3-1-1 火の国からの使者 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

1.火の国からの使者
カケルが、ウスキの村を出てから、ひと月が経った頃、タロヒコの兵を破り、ヒムカの国に平和が訪れたという知らせが、キハチの弟、キイリによってウスキにも伝えられた。同時に、カケルは、ヒムカの村々を回って、しばらくウスキには戻らない事も伝えられた。
伊津姫は、カケルの無事を聞き、安心したと同時に、すぐには戻らないという知らせが、そのまま、再びカケルの顔を見ることがないのではないかと、考えるようになり、気持ちが沈んでしまっていた。エンは、そんな伊津姫の様子を敏感に感じ、何かにつけ、明るい話題を提供しようと努力していた。

次の春を迎えた頃、猩猩の森に住む、ウルが、モロの村からカケルの話を聞いて戻ってきた。
「カケル様は、あちこちの村を回られているようです。家を修理したり、橋を掛けたり、病を治したり・・皆、カケル様を賢者様と呼び始めているようです。」
伊津姫は、カケルが無事で熱心にアスカケに励んでいる事を聞き、安心した。
「ただ・・不思議な事が・・」
ウルは少し躊躇してから言った。
「どうやら、カケル様はお一人ではないようなのです。・・アスカという名の少女を伴っているとのこと。・・どういう関係なのかはわかりませぬが・・力を合わせ、熱心に働いていると聞きました。」
初めて聞く名前だった。
伊津姫は、今まで感じた事の無い、ざわざわとした気持ちが心の中に湧き上がってくるのを覚えた。
「エン、アスカという名の娘を知っていますか?」
伊津姫は、エンに尋ねた。
「さあ・・聞いたこと無い名だな。・・・カケルの事だから、どこかの村で独りぼっちなった娘の面倒をみるために、連れているんじゃないかな?」
「まだ、幼子なのでしょうか?」
伊津姫は、ウルに尋ねた。
「さあ・・ただ、皆、その娘を女神様と言っているようですから・・そんなに小さな娘でもなさそうです。」
ウルの言葉は、伊津姫を、一層不安な気持ちにさせただけだった。
「カケルの奴は、きっとここへ戻ってくるさ。噂が届いたって事は、案外、近くまで戻ってきているんじゃないか?戻ってきたら、娘の素性もわかるだろ?」
エンは、わざと気楽な言い方をして、伊津姫の不安を和らげようとした。
しかし、エンの言葉は、伊津姫の耳には入らず、伊津姫の表情はこわばったままだった。

それから1年ほどが過ぎた頃、巫女がキハチの弟、キイリを呼んだ。
キハチの弟、キイリは、ミミの浜から戻った後、伊津姫から、村の若者を取りまとめ、村の守る、守人の役に任命されていた。キイリは、キハチに比べ、性格も穏やかで辛抱強く、思慮深かった。キイリには、下に双子の弟たちも居て、三人で力を合わせて働いていた。
巫女は、キイリを前にして、言った。
「西の谷を越えて・・誰かが来る・・守りを固めてください。」
「兵ですか?」
「わかりませぬ。ただ、我が村に、何か・・良からぬものを届けるために来たようです。」
「それならば、すぐに、追い返しましょう。」
「いえ・・それは無理でしょう。・・丁重に迎え、ここへ案内してください。」
キイリは、弟たちとともに、すぐに西の門へ向かった。
ウスキの村は、深い五ヶ瀬川の淵が天然の要崖となって守られていたが、西側には、五ヶ瀬川の淵に沿って、唯一の山道が続いている。西へ向かえば、隣の村五ヶ瀬の里に行き着く。その先から南には、更にいくつかの村があり、斎殿原の都までつける。途中、峠の分岐から、西へ続く道があり、その先は火の国クンマの里へも繋がっていた。
西の門の脇には、小さな小屋がある。キイリが守人となってから、村を守るために控えている場所を作ったのだった。小屋の前には、キイリの双子の弟たち、キムリとキトリが弓の手入れをしながら西の山道の様子を探っていた。
館から戻ったキイリの姿を見つけて、キムリが訊いた。
「兄者、巫女様は何と?」
キイリは、キムリとキトリの居る小屋に着いて言った。
「西から使者が来るようだ。」
「兵なのか?」
「いや・・使者だと聞いた。ただ、村には良からぬものを持ち込むようだ。」
「追い返せばいい!」
「いや・・巫女様は丁重にお迎えしろと言われた。」
そう話していると、キトリが立ち上がり、西のほうを指差した。
キイリとキトリもその方に視線を遣った。急な斜面に張り付くように続く山道、木々の間から、何か白い影が見える。徐々にこちらに向かっているのが判った。「使者」が来たようだった。
キムリとキトリは門を出て、山道に走った。そして、道の上の樹の陰に隠れ、弓を構える。
「使者」は二人連れであった。
二人とも、白い衣服を纏い、笠を被っていた。一人は初老の男、もう一人は女のようだった。朱の布包みを背に結わっていた。よく見ると、女は、初老の男を労わるようにして歩いている。
二人は門の見える場所まで来た。キイリは、門の前に立ちはだかり、厳しい目つきで二人を迎えた。
「何者だ!これより先は、ウスキの村。用のないものは立ち去るが良い!」
初老の男がゆっくりと進み出て、膝をついてから言った。
「我らは、クンマの里の者です。・・ウスキの姫様にお会いしたく、ここへ参りました。」
「姫様・・と・・?」
「はい・・・・邪馬台国の姫がお戻りになったと聞き、ご挨拶に参りました。」
伊津姫がここに居る事はウスキの秘密のはずだった。
「姫様の話、どこで聞いた?」
「はい・・ヒムカの村々を廻っていた、我が里のミコトが、モロの村で耳にしたと話しておりました。」
確かに、カケルとイツキ・エンは、モロの村を通り猩猩の森を抜けてきた。モロの村で話を聞いたのは間違いないだろうとキイリは考えた。巫女からも丁重に迎え、館につれてくるよう命じられている。
「判った。我らについてくるが良い。・・・キトリ、キムリ、弓を下ろせ。もう良い。」
そう言うと、二人は樹の陰から身を表した。キイリは二人を館に案内した。

高千穂川.jpg
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苦楽賢人

1ヶ月以上、お休みしていましたが、再開いたします。
ついに第3部へ突入し、幼かったカケルやイツキも、青年となり、さらに広い世界へ旅立つ事になります。ずっとともに居たカケルとイツキが離れ離れになって、それぞれの道を歩き始めました。

この先、どれほどの苦難や幸せが待っているのか、徐々に大人の世界へ踏み込んでいく二人を見守ってやってください。
by 苦楽賢人 (2011-08-01 08:57) 

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