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3-1-2 クンマの長(おさ)シン [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

2. クンマの長 シン
二人の使者は、館の広間に案内された。しばらくして、奥の部屋から巫女が現れ、二人に対面した。そして、伊津姫も御簾の部屋にそっと入り座った。御簾の間の脇には、姫様の護衛役として、エンも座った。
二人の使者は、深く頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
「我は、ウスキの巫女である。姫様も御簾の中にいらっしゃる。ご挨拶に来られたようだが・・」
「はい、我らは、クンマの里より参りました。私は、ムサ。こちらにいるのは・・・マコと申します。」
「それで、姫にご挨拶とは・・何か、大事な用件があるのでしょう?」
初老の男、シンはちらっと娘の顔を見て、何か確認を取るような目線を送っていた。娘がこくりと頷くと、シンは姫の控える御簾の間に向かって話しはじめた。
「ヒムカの悪しき王とその臣下タロヒコの兵が滅びたとの知らせが我が里にも届きました。何でも、この村の勇者様のご活躍だと・・そして、その勇者様は今ヒムカの村々を回っておいでだというお話もお聞きしております。」
「ええ・・確かに、その勇者様は、カケル様です。・・それで?」
「・・我が里は、長年、ヒムカの悪しき王とタロヒコの悪事に備え、戦支度をしておりました。今となっては無用のものとなりましたが・・実は、・・・我が村の長が・・誤った道へ進もうとしております。」
「誤った道?」
「はい・・・蓄えた戦支度を・・阿蘇一族に向けようとしているのです。・・もともと、我らの火の国は、球磨(クンマ)一族と阿蘇(アソ)一族で力を合わせ、ヒムカをはじめ隣国から我が地を守るために働いておりました。今、ヒムカからの脅威が無くなったのを機に、クンマ一族が火の国を治めようと・・阿蘇一族へ戦を仕掛けているのです。」
そこまで聞いて、御簾の脇に控えていたエンが口を開いた。
「ようやく、皆が安らかに暮らせるようになったというのに。・・戦をするなど、悪しき考えだと何故気づかない!お前たちも何故、長を諌めないんだ!」
エンは、腹立たしい想いでそう言い放った。
「我らとて、ただ手をこまねいていたわけではありません。何度も思いとどまるようお諌めいたしました。しかし・・・」
ムサは、悔し涙を零し、床を叩いた。
脇に居た娘マコが、ムサの背を摩りながら同じように涙を零した。そして、一歩進み出てひれ伏すように頭を下げてから、まっすぐ顔を上げた。
「クンマの長、シンは、我が兄です。・・ここにいるムサは、父シンの守人でした。兄は幼い頃から我がままで、何につけても自分の思い通りにならないと許さない性格なのです。この度の事も、このムサが、何度も思いとどまるよう説得してくれました。しかし、兄は少しも耳を貸そうともせず、ついには、長年、世話をしてくれたムサを、村から追放したのです。」
ずっと沈黙を守っていたマコの口から、思いがけない言葉が発せられ、皆、驚いた。
「それでは、貴女は、クンマの姫様なのですか?」
マコは、こくりと頷いたが、
「それは・・どうでも良い事なのです。兄を、シンを、どうか止めていただきたいのです。」
マコは懇願するように、御簾の中に居る伊津姫に訴えた。伊津姫はその言葉に、席を立ち、御簾の中から顔を出した。
「おお・・伊津姫様・・」
ムサとマコは頭を下げた。
「話はわかりました。しかし、ムサ様がお止めになっても聞き入れぬ方を、どうやって止めることが出来るのでしょう。」
伊津姫は優しく問う。
「・・はい・・・邪馬台国の姫、伊津姫様ならきっと・・・。」
マコが答える。
「判らないなあ?・・どうして、イツキ・・否・・伊津姫様になら止められるんだ?」
エンは、頭をかきながら尋ねた。
「マコ様・・事の始めからお話せねばなりますまい・・」
ムサがそう言って、改めて、クンマの長シンが、阿蘇一族へ戦を仕掛けるまでの事を話した。
「ヒムカの悪しき王と側近タロヒコが倒れた話が伝わって、まもなくの事でした。我がクンマの里の南方より、阿多の隼人一族の兵がやってまいりました。」
「戦を仕掛けに来たのですか?」
「我らも最初はそう警戒しておりました。しかし、阿多の隼人の将で、バンと名乗るものが、単身、我が村に参り、戦のために来たのではない、長に会いたいと申しまして・・不審には思いながらも、シン様に引き合わせたのです。」
そこまで聞いたエンが口を挟んだ。
「隼人一族って言えば、ナレの村から僅か先に居たはずだぞ。・・屈強な男どもで、大きな船を操り、南の海を治める一族だったはずだ。皆良く働き、村も豊かで、戦などしない、心優しき一族だと、父様から、昔、聞いたぞ。」
「はい・・我らも長年、ヒムカの王の脅威に怯えておりましたが、隼人一族とは、行き来もあり、戦などとは考えもしませんでした。・・兵が居る事さえ知りませんでしたから・・」
「それが、どういうことだい?」
エンは一層熱心に、ムサの話を聞いた。
「バンという将は屈強な大男でした。・・シン様は、警戒はしながらも、外の地から来た将にたいそう興味をもたれたようでした。次第に、打ち解けられ、バンからはるか南の海の話を興味深げに聞いておられたのです。」
そこまで聞いて、マコが付け加えた。
「兄は、長の息子として大事に育てられ、ほとんど、村の外へ出た事がなかったのです。ですから、バンの話がとても新鮮で楽しかったのでしょう。隼人の兵たちも、すぐに、里に引き入れ、館に住まわせ、毎日のようにバンと語り合っておりました。」
「そこまでならば、特に、謝った道へ足を踏み入れる事もないようだが?」
エンが首をかしげる。
マコはきっとエンを睨んでから言った。
「兄に気に入られることこそが、バンの策略だったのです。ある日、兄は里の者を集めて言ったのです。・・阿蘇の一族を攻め、火の国を・・九重の国を纏めるのだと。皆、驚きました。これまで、ヒムカの兵を恐れ、戦支度はしていましたが、本当に戦をするなどとは考えても居ませんでしたから。・・私は、兄に理由を聞きました。・・」
「兄様は何と?」
伊津姫が尋ねる。
「ヒムカの王が倒れた今、九重を纏めるのが自分の仕事なのだと。そして・・邪馬台国を再興するのだと言ったのです。」
「邪馬台国の再興・・・。」
伊津姫は、ウスキに来てから、しばらくはその言葉に縛られ、為すべき事が判らず憂鬱な日々を過ごしていたのを思い出し、呟いた。

薩摩半島1.jpg
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