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1-1 真夏の巡り逢い [スパイラル第1部記憶]

「お昼のニュースです。はじめは、先日のボート火災事故の続報です。伊勢湾で火災を起こしたボートは、上総CS所有と判明し、遺体で発見されたのは上総CS社長、上総英一氏と特定されました。警察関係者の話では、自宅に遺書が残されていた事から自殺と見て裏付け捜査を進めているとの事です。・・では、次のニュースです。・・・」

「さあ、そろそろ、行くか。」
4トントラックの後部簡易ベッドからむくっと起き上がった男は、もぞもぞと運転席に移るとカーラジオのスイッチを切った。そして、助手席に置かれていた運行表を取り上げ、しばらく見つめ、エンジンキーを回した。そして、ゆっくりとドライブインの駐車場から発車した。

トラックの運転手が、この話の主人公。小林純一、35歳、独身。

純一は、三河市の臨海地区工業団地にある「鮫島運送」で運転手として働いていた。幼い時に母を亡くし、児童養護施設で育った彼は、中学を卒業すると、鮫島運送で作業員として働いた。社長の好意で、定時制高校に通うことが出来、通新制大学も卒業していた。中学を出てから、もう20年、鮫島運送で働いていることになる。
「ただいま戻りました。」
純一はトラックを倉庫に着けると、運行表と伝票を持って、事務所に戻った。
「おや、早かったのね。」
そう言って、彼を出迎えたのは鮫島運送の社長の奥さんだった。事務机が小さく見えるほどの巨体だった。奥さんはそう言うとすぐに立ち上がり、事務所の奥の休憩所に行き、冷たい麦茶を一杯持ってきた。
「これ、運行表と伝票です。千賀水産は、荷が準備できないからと断られました。」
純一がそういうと、ソファで黙って新聞を読んでいた社長が慌てて立ち上がった。
「何だ、またか。よし、社長をとっちめてやらなきゃな。」
そう言うと、そそくさと事務所を出て行った。
「また、あんな事言って、どうせ、飲みに行くつもりでしょう?」
奥さんは、社長が出て行く姿をあきれた風に見送っている。
「もう上がっていいわよ。」
「ケンは?」
「そうねえ・・30分ほど前に上がったわ。このところ、近距離ばかりだからね。・・そうそう、明日から、三日ほどの長距離をお願いしたいんだけど、良いわよね?」
純一は、少し考えたが、特に予定も無かった。
「良いですけど・・・どこです?」
「青森までの配送。その先で1日、そこの配送の応援もお願いしたいのよ。」
「わかりました。」
「じゃあ、今日はゆっくり休んでね。」
純一は、奥の休憩室で着替えを済ますと、裏手の駐車場に出た。時間は6時を少し回ったところだった。今は、7月末、太陽は西に傾いていたが、まだ煌々と輝いている。
駐車場に停めた自分の車に乗り込むと、コンビニへ向かった。
青い看板を掲げたコンビニは、仕事帰りに必ず寄る事にしていて、店員とも顔見知りになっていて、自動ドアが開くと、すぐに店員から声を掛けてきた。
「今日は少し早いんですね。・・ああ、いつもの本、入ってますよ。」
「ああ、ありがとう。」
純一は、小さく返事をして、窓際にある雑誌のコーナーに足を運んだ。雑誌の棚を一通り見てから、一冊の雑誌を手に取った。中をぱらぱらと見てから、手に持ったまま、弁当売り場で、日替わりの幕の内弁当を取った。レジに向かうと、先ほどの店員がちょうど奥へ引っ込んでしまって、最近入ったばかりの新人の女の子がにこやかに微笑んで、バーコードをスキャンした。
「温めますか?」
「ああ・・。」
レジの脇で、ホット飲料のコーナーから緑茶を取り出して、レジに出し、精算し、弁当が温まるまでレジの脇でぼーとしていた。夕方なのに、客は少ない。
「ありがとうございました。」
若い頃は、一人夕飯を作って食べることもあったし、ファミレスで食べる事もあった。だが、最近は、一人で食事をするのが何だか侘しく感じるようになって、誰も居ない場所でさっと済ましてしまった方が気楽に感じるようになっていて、最近はほとんどコンビニで弁当を買い、お気に入りの場所で食べるようになっていた。
コンビニから海へ向かう産業道路を走り、最近出来た体育館の中通路を抜け、松林のでこぼこ道から海岸に出る。ほとんどの海岸が高い防波堤が作られているが、この場所だけは自然の海岸が残っていて、車を停めるとすぐ前に、小石がごろごろしている、波打ち際が見えた。
海岸に着いた頃には、夕日が沈みかけていて、辺りはオレンジ色に染まっていた。
純一は、さっきの弁当と緑茶を取り出し、ぼんやりと海を眺めながら食べた。特に何の感情もなく、機械的に食事をしているようだった。食べ終わると、眠気が襲ってきて、シートを倒して目を閉じた。
1時間ほど眠っただろうか、目を覚ますと辺りは真っ暗になっていた。時計を見ると9時近くになっていた。純一はため息を一つ着いて、シートを起こした。
エンジンキーを回し、車のヘッドライトを点けた。ぼんやりと海の方へ視線をやると、車から10メートルほど先に、何か白い塊がライトに照らされて浮かび上がっている。
「何だ?あれ。」
純一は、目を凝らしてその白い塊を見た。ちょうど、人くらいの大きさだった。さらにじっと見つめると、やはりそれは人のようだった。
「土座衛門?」
何か妙に古い言葉を思いついてしまった。
溺死体なのか?見なかったことにして立ち去ろうかとも考えたが、何か、このまま立ち去るのは憚られるようで、仕方なく覚悟を決めて車のドアを開けた。ゆっくりと、ライトが照らす先へ足を進める。二歩三歩近づいてみると、白い塊の端に、足のようなものが見える。
「やはり溺死体みたいだな・・・」
純一は心の中で呟き、すぐに警察に通報するのが正しい選択だ心に決め、もう少し近づいてちゃんと確かめようと考えた。そして、さらに足を進める。
もうすぐ手が届く位置まで近づいた時、足が動いたように見えた。

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yakko

お越し戴きアリガトウございます。♪
by yakko (2012-12-03 16:05) 

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