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1-2 救急 [スパイラル第1部記憶]

「生きてるのか?」
どうやら、女性のようだった。
細い足が伸びている。白く見えたのはパーカーを羽織っているからだった。だが、全身ずぶぬれだった。辺りを見回してみたが、周囲に他に人影はないようだった。もう少し近づくと、「うう・・」と何か苦しそうな声を出したように聞こえた。

純一は咄嗟に近づき、「おい、大丈夫か?」と声を掛けた。だが、返事はしない。
白いパーカーが上半身を隠していて表情が見えない。
純一は手を伸ばし、顔に掛かっているパーカーを外した。長い黒髪、端正な目鼻立ち、色白で美しい若い女性だった。そっと、顔を近づけ域をしているか確認すると、僅かながら息遣いを感じた。
頭の中が混乱した。
なぜこんなところに若い女性が倒れているのか?どこから来たのか?生きているようだがどうしたらよいのか?こういう状況なら、心臓マッサージか?人工呼吸か?一辺に色んな疑問が噴出していた。「落ち着け!」純一はひとつ深呼吸をした。
そして、携帯電話を取り出して、119番通報した。
「消防ですか?救急ですか?」
返答がやけに事務的で少しむっとしたが、純一は状況をゆっくりと説明すると、「すぐに救急車を回します。それまでそこに居てください。苦しそうなら救命術を施してください。」
そう言われて、咄嗟に「はい」と答えてしまった。
情けなかった。救命術と言われてもどうしてよいのかわからなかった。
とりあえず、女性の脇にしゃがみこんで、表情を見た。特に苦しそうな表情ではなさそうだったが、息遣いはさらに弱くなっているように思えた。
「おい、しっかりしろ、すぐに救急車がくるからな。おい、しっかりしろ!」
そう言って励ますのが精一杯だった。ものの数分でサイレンが聞こえてきた。松原に赤色灯の光がちらちらと見えた。

純一は立ち上がると、「おおい!こっちだ!」と手を振って合図した。
救急車は純一の車の脇に停まって、救急隊員が担架を抱えて走ってきた。
救急隊員は、すぐに女性を仰向けに寝かせる。そして、体を覆っていたパーカーを広げた。下は真っ白なワンピースの水着姿だった。水に濡れてなまめかしく光った体が目に飛び込んできた。救急隊員は、特に動じる事も無く、手際よく、脈を取り、呼吸を確かめ、すぐに担架に載せ、救急車に運んだ。
同時に、パトカーがやってきた。パトカーから二人刑事と思しき人物が降りてきて、二言三言、救急隊員と言葉を交わした。救急車は後ろのハッチを閉めて、すぐに走り去った。その間、純一はずっと波打ち際でその光景を見ていた。
すると、先ほど刑事らしき男が純一の立っているところへ向かって歩いてくる。一人はかなり年配のようだった。もう一人はまだ若い刑事のようだ。
年配の刑事が、周囲を見回しながら純一に近づいてきた。そして開口一番に言ったのは、「お前が第一発見者か?」だった。
なんともぶっきらぼうで、その言葉は、お前が犯人じゃないかと聞こえるほどだった。純一は不快に感じ、年配の刑事以上にぶっきらぼうに「はい」と答えた。
「ふーん?」
年配の刑事はそういうと純一を足元から頭の先まで怪しい目つきで舐めるように見る。
「こんな時間、こんなところで何してた?」
「それが何か?」
純一は眉間に皺を寄せて答えた。
「ほう・・言えないような事をしていたのか?・・正直に答えろ!あの女性に何をした?」
年配の男の言葉は、まさに犯人扱いだった。
「私があの人に何かしたと言うんですか?・・・私はたまたま見つけ、人命救助と思って通報したんですよ。感謝されてもおかしくない。何ですか!犯人扱いですか!」
純一は食って掛かるように言った。
「じゃあ、ここで何をしていたんだ?」
「何って・・・コンビニで弁当を買って食べてから・・車の中で少し眠っていただけですよ。目が覚めたら、そこに女性が倒れて・・」
純一が話し終わらないうちに、年配の警官は遮るように言った。
「だいたい、犯人はなあ・・第一発見者を装うもんなんだよ。よおく、考えてみろ。こんな人気のない場所で、水着の女性が全身ずぶぬれで行きも絶え絶えになってるなんて、変だろ。」
確かに、年配の警官が言うとおり、こんな辺鄙な場所に女性が一人倒れている状況はあり背ない事だった。
「誰かにここに連れてこられたしか考えようが無いじゃないか。そしてここに居るのはお前だけ。お前がどこからか連れてきて、変な事をしようとして抵抗されたから溺死にでも見せかけようとしたが、良心が咎めて、通報した。そんなとこじゃないのか?」
純一は、答えるのも馬鹿馬鹿しかった。
「本当にそうなら、通報した後すぐに逃げますよ。そんな間抜けな犯人がいるんですかね。」
純一は少し小馬鹿にしたように言った。年配の警官はわざと懐中電灯の光を純一の顔に向けて照らして厭らしく言った。
「そうやって嘯くのも犯人の常套手段さ。・・よし、詳しい話を聞くから署に来い!」
年配の男はそういうと純一の腕を掴んだ。
「何するんですか!」
純一は思い切り振りほどいた。
その勢いで年配の男が足元がふらついて転んだ。いや、わざと転んだようだった。ゆっくり起き上がると、
「あーあ・・公務執行妨害だな・・いや、傷害罪の現行犯か・・さあ、大人しく来るんだ。さもないと、逃亡罪までくっつくぞ!」
年配の男はにやりといやらしい笑みを浮かべて言った。
そのやり取りを見ていた若い男が、懐中電灯を手に二人の傍にやってきた。

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