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1-3 悪い夢 [スパイラル第1部記憶]

「あれ?純一さん?純一さんじゃないですか。僕です、ほら、港交番に居た・・。」
その若い男は、春まで港地区の交番勤務だった古畑という刑事だった。
「どうしたんです?こんなところで。・・・ああ、結城警部、この人は港の鮫島運送の従業員、小林純一さんです。交番勤務の時、随分世話になりました。この人はおかしな事をする人じゃありません。」
古畑は、純一を年配の刑事にそう説明した。
結城警部と呼ばれた年配の刑事は、「ふん」と言ったきり、その場に座り込んだ。
「状況を説明してください。」
古畑は改めて純一に聞いた。
純一は、鮫島運送を出てここで女性を発見するまでの経過を出来る限り正確に話した。

「あの女性とは面識はないんですね?」
古畑は、純一の話をメモを取りながら聞いてから、改めて尋ねた。
「ああ、初めて見た顔だった。ここに来た時、海岸には誰も居なかったと思うし、目を覚ましたらそこに居たんだ。不思議だった。」
純一はそう答えた。
「そうですか・・・判りました。・・申し訳ありませんが、一応、お聞きした内容の裏取りはさせてもらいます。・・それと、明日、もう少しお話を伺う事になるかもしれませんので、携帯電話の番号を教えてください。」
「わかった。それが警察の仕事だからな・・。」
「済みません。犯人の疑いを持っているわけではありませんから・・・。」
そう言うと、敬礼をして、結城警部とともにパトカーへ乗り込むと、サイレンを鳴らしながら、戻って行った。

遠ざかるサイレンの響きを聞きながら、純一は、ぼんやりと思い出していた。
弁当を食べたところまではいつもどおりだった。
少し眠って目が覚めてから、経験した事のない事続きだった。
足元の波打ち際、ライトに照らされた女性のなまめかしい肌の色が急に浮かんできた。あの警官が言ったとおり、この暗い海に若い女性が一人倒れているのは尋常な事ではない。誰かに連れてこられたか、海を泳いでここまで辿り着いたのか、いずれにしても、これ以上、関わりたくないものだと感じながらも、あの女性の顔が頭から離れない。

ふと足元にキラリと光るものがみえた。
そっと手を伸ばし拾い上げてみると、ペンダントのようだった。銀色でやや太い鎖、そしてペンダントヘッドには1センチほどの透明の玉が着いている。先ほどの女性のものだろうか?明日にでも、あの警官にでも渡せば良いだろうと考え、そっとポケットの中に入れた。

それから、純一は車に戻り、自分のアパートに戻った。
純一のアパートは、港地区からは車で20分ほどのところにあった。就職したばかりの頃、社長の家の離れに住まわせてもらっていた。その後、社長の家の周囲が一気に開発されて住宅地になった。社長はもともとこの辺りの資産家で田畑をたくさん持っていて、住宅開発の波に乗って、地所にいくつかのアパートを建てた。純一もその一つに住んでいた。
アパートの駐車場に車を入れていると、社長の奥さんが庭に出ていた。純一のアパートは社長の家の隣に立っていた。
「あら?遅かったわねえ。・・そう言えば、海岸辺りにパトカーが居たようだったけど何かあったのかしら。物騒な事じゃなければ良いけど・・・。」
奥さんは、ゴミ箱の蓋を閉めながら独り言のように呟いた。
純一はその当事者だったが、説明するとまた一騒動起きそうで、何も言わずアパートの階段に向かった。
純一の部屋は、3階建てのアパートの最上階の南東側の一番良い部屋だった。
最初は、1階の小さな部屋に居たのだが、最上階の部屋が空いたので社長が住むように勧めてくれた。賃貸アパートにしては大きく贅沢な作りで、家賃も高かった。いや、家賃が高くて誰も住まないから、純一を居れたというのが本当だろう。
4LDKで日当たりも最高で広い。独身の純一にはもったいないが、社長の事情もわかったので、二つ返事で転居した。
部屋のベランダからは、遠く海岸の松原も見える。周囲に余り高層の建物が無いため、見晴らしは抜群だった。意外に純一はこの部屋を気に入っていた。
部屋に入ると、純一はすぐにシャワーを浴びた。何だか妙に体がだるい。いつもなら、玄関脇の小さな部屋に篭るのだが、今日はそんな気になれず、髪を乾かすと早々ににベッドに入った。

夢を見た。
海岸で見つけた女性が、玄関に立っていて、じっと中を見ている。全身ずぶぬれで、手をそっと肘で曲げて何か恨みを持った目をしている。それはまるで幽霊のようた。
はっと目が覚めた。
「そうか・・・彼女、自殺をしようとしたんだ。」
ベッドに座って、再びあの光景を思い出していた。
「しかし、自殺をしようとするのに、あの水着は変だよな・・・。泳いでいる時溺れてしまったか?・・それも妙だな。パーカーを着たまま泳ぐなんてしないだろう。・・・沖の船から落ちたとか?・・・・」
まるで推理小説を読んでいるような感覚だった。
ふと時計を見ると朝の5時を回ったところだ。窓からすでに白み始めた空が見えている。
純一は、もうひと寝入りしようと、再びベッドに横たわり眼を閉じた。
浅い眠りの中で、純一は再びあの女性の夢を見た。
今度は、恨めしそうな表情ではなく、ぽつりと浜辺に座っている。純一が近づくと、僅かな微笑を浮かべて純一を見た。その表情がどこか懐かしく感じられた。

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