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1-4 古畑刑事の訪問 [スパイラル第1部記憶]

翌日から、純一は、青森までの長距離配送の仕事に就いた。長距離の仕事は最近めっきり減っていて、久しぶりだった。長い道中、時折、純一の脳裏にあの女性の姿が浮かんでいた。無事に命は取りとめただろうか、もう逢う事もないだろうな等とハンドルを握りながら考えていた。
予定より早く仕事が片付いて、三日目の午前中には、会社に戻ることが出来た。
「ご苦労様・・明日から二日ほどお休みにしてちょうだい。・そうそう、留守の間に、警察の人が何度か来たわよ。・・人助けしたらしいわね・・その件で何か話したいことがあるって行ってたけど・・。」
奥さんが事務所で純一に伝えた。
「そうですか・・・」
純一はそう答えて、帰り支度をしアパートに戻った。長距離運転は思いのほか疲れる。純一はアパートに戻ると、ベッドに横たわって少しうとうとした。そして、あの女性の夢を見ていた。暗い海にあの女性が立っている。海岸で見つけた時と同じ、白い水着にパーカーを羽織って、遠くを見つめている。それを純一はぼーっと見ているのだった。

突然、インターホンの呼び出し音に目が覚めた。
『一体、誰だ?』
滅多に訪れる人のいない純一のアパートに訪問者など、きっと何かの勧誘だろうと思いながら、インターホンを取ると、モニター画面には、昨夜の刑事、古畑が玄関前に立っているのが写っていた。少し頭がぼんやりしている。
純一が玄関ドアを開けると、古畑は手帳を片手に妙な笑顔を浮かべている。
「何の用ですか?」
純一は少し不機嫌に訊いた。古畑は一層の笑みを浮かべて言った。
「小林さんの疑いは晴れました。コンビニの防犯カメラ、体育館の通路のカメラの映像で、小林さんが一人であの海岸に来られた事が確認できました。コンビニの店員からも証言がありました。」
「それを伝えに?・・それなら、電話でも済む事でしょう?」
「いえ・・先日は、結城警部が大変失礼な事を言いましたので、お詫びも含めてご報告に参りました。」
「そう・・わかりました。じゃあ・・。」
純一がそう言ってドアを閉めようとすると、古畑が、
「ちょっと待ってください。実は・・あの女性の事でひとつお願いがありまして・・。」
とドアの中に身を入れて純一を引き止める。
警察からの頼みごとなど厄介な事に決まっている。しかし、昨夜の女性の事と言われ、純一も少し気になった。
「ああ・・そういえば、昨夜の女性は助かったのですか?」
純一は古畑に訊いた。
「ええ・・担当医の話では、随分と衰弱しているので、暫くは入院が必要だが命には別状ないそうです。」
「そうか・・無事だったか・・・それで、頼みごとって何ですか?」
純一は、彼女が無事と聞いて少しほっとして、つい訊いてしまった。
「詳しくはここでは・・一緒に市民病院に来ていただけませんか?」
「あの女性の事で何か?・・」
「一緒に来ていただければ判ります。さあ、お願いします。」
古畑は、純一の腕を取ると少し強引に部屋から引っ張り出そうとした。
「ちょっと・・待ってくれ・・。着替えもしていないし・・・。」
そういう純一を更に強引に引っ張る。
「判った!判ったから・・行くから・・そうだ、30分ほど待ってくれ。」
純一の言葉に、古畑は手を離し、敬礼をした。
「ありがとうございます。では、下でお待ちしています。」
そういうと、古畑はカンカンと靴音を響かせて階下に降りて行った。
純一は、彼女に再び会えるのかと思うとどこかドキドキとする自分に気付いていた。すぐに、顔を洗い髭をそり、着替えをした。

階下に降りていくと、アパートの入口にはパトカーが停まっていて、古畑が脇に立っている。古畑は、階段を下りてくる純一を見つけると、足早に階段を上ってきた。
「さあ、行きましょう。」
そう言って純一の腕を掴む。そのまま、まるで何かの事件の容疑者のようにパトカーの後部座席に押し込められた。
「まさか、サイレンは鳴らさないだろうな・・。」
純一が考えると同時に、頭上の赤色灯が回り始め、けたたましい音を立ててサイレンが響いた。
「おい!サイレンはないだろ!これじゃあ、容疑者の護送みたいじゃないか!」
純一の声も聞こえないのか、古畑はタイヤを鳴らすほどの勢いで急発進した。

病院の玄関に着くと、古畑は「救急の入口から入ってください。私は車を置いてきます。」と言って純一を玄関前で降ろした。純一は、ひとり救急センターの入口へ回った。
入り口あたりで行き場を失ってうろうろしていると、
「小林・・純一さんですね?」
「ええ・・」
振り向くと、紺のタイトスカートに白いブラウス、そしてグレーのカーディガンを着た若い女性が、そう言って近づいてきた。
「この病院のケースワーカーをしている吉崎恭子と申します。」
女性は小さな名刺を取り出して渡した。純一はそれを受け取ると、そのまま、女性の後について救急センターの奥にあるカウンセリングルームに入った。
暫く待っていると、古畑と、白衣を着た若い医師、そして先ほどの女性が部屋に入ってきた。
先ほどの女性が口を開いた。
「こちらは、心療内科の谷口先生です。」
そう言うと、谷口医師が椅子に座った。手には、カルテのファイルを持っていた。
「では早速、女性の容態をご説明いたしましょう。」
谷口医師は、そう言うとカルテを開いて説明しようとした。

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