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1-5 病院の相談 [スパイラル第1部記憶]

1-5 病院の相談
「ちょっと待ってください。何故、私が女性の容態を知る必要があるんです?だいたい、あの女性とは何のかかわりもありませんし、見ず知らずの他人です。偶然、見つけただけですから・・。」
谷口医師は少し困惑した顔で、ケースワーカーの吉崎を見た。吉崎は、古畑を見た。
「すみません。・・まだ、小林さんには何の事情も説明していません。とりあえず、ここへおいでいただいて先生の話を聞いてからと思いまして・・・。」
古畑は慌てていい訳じみた事を言った。
「事情って何ですか?・・私と彼女が何か関係でもあると?・・私は彼女に何もしていませんし・・偶然見つけただけです。」
「いえ、そうではないんです。確かに、発見されただけの事なんですが・・・。」
ケースワーカーの吉崎は困惑しながら答えた。そして、
「一つ、貴方にお願いしたいことがあるのです。でも、それには、彼女の状況をきちんと知っていただく必要がありまして・・ですから、先生にも容態をお話ししていただく必要があるのです。・・・小林さんの疑問は良く判ります。ですが・・一通りご説明を聞いていただきたいのです。」
純一は、不承不承、話を聞く事にした。

再び、谷口医師がカルテを開いて話し始めた。
「ここへ搬送された時、かなりの衰弱状態にあり、すぐに処置をしました。精密検査を行ないましたが、幸い、大きな外傷はありませんでした。」
「衰弱状態って?やっぱり海を泳いで来たと言う事でしょうか?」
純一が思わず質問してしまった。
「いえ・・そういうのではないでしょう。数日間、食事を取っていなかったのが原因でしょう。」
「食事を取っていない?」
そこまで聞いて、古畑刑事が付け加えるように言った。
「それと、腕と足首に縛られたような跡もありました。どこかに監禁されていたとも推察できます。そこから逃げ出したか、解放されたか、今、その線でも捜査をしています。」
純一はそれを聞いて更に疑問が生まれた。
「・・彼女は意識が戻っていないのですか?・・」
「いえ・・二日ほど昏睡状態でしたが、昨日には回復しました。今朝には食事も取りましたから、数日で退院できるほどになるでしょう。」
医師は冷静に答えた。
「なら、彼女に訊いてみればすべてわかるじゃないですか・・どこに監禁され、どうやって逃げたのか、そして、何故あの海岸にいたのか・・私が何もここに呼ばれることもないでしょう?」
純一の言葉を受けて、ケースワーカーの吉崎がようやく重要な事を告げようと立ち上がった。
「じつは・・彼女は、記憶を失くしているのです。」
「記憶喪失ということですか?」
「ええ・・自分の名前も年も、何処にいたのか、まったく覚えていないようなのです。」
「ドラマでは聞いたことはありますが・・本当にそんな事があるのですか?」
純一は驚いて、谷口医師に訊いた。
「健亡という言葉はご存知ですか?」
「健亡?」
「ええ・・何らかの原因で記憶を喪失する事を言います。・・事故等で外傷を受けた時、前後の記憶が曖昧になったり、すっかり抜け落ちてしまうのを外傷性健亡と呼びます。ですが、彼女の場合、外傷は見当たらないので、むしろ心因性健亡と考えられます。」
「心因性?」
「ええ・・何らかの精神的ストレス・・あるいはショックに近い強い記憶・・自分の心を守るためにそれまでの記憶を自ら消してしまおうとするような事もあるのです。」
「そんな事があるのですか?」
「人間の脳というものは、まだまだ判らない事が多いのです。記憶を封印すると言う事も充分にありうる事なのです。」

彼女は、何かとんでもない境遇にあったのだと純一は想像した。
監禁などとは尋常ではない、黒い服装に身を包んだ怪しげな集団とか、薬物の取引とか、抗争とか。とにかく堅気の人間とは無縁の世界の女性なのだろうと想像を膨らませていった。
「小林さん、そこでお願いがあるんです。」
純一は、あらぬ方向に想像を膨らませていたが、吉崎の言葉で我に返った。
「・・お願い?・・いや、その前に・・・彼女の記憶は戻るのですか?先生。」
谷口医師は困惑した表情で言った。
「今まで、これほどのケースは診た事がありません。失われた記憶がすぐに戻ることもありますが・・・なんともいえませんね。いや、むしろ記憶を取り戻さないほうが良いかもしれませんね。かなりの精神的ショックを受けている可能性がありますから、記憶を取り戻す事で心が壊れるかもしれません。」
「そんな・・・」
純一は他人事ながら彼女に同情した。
「そこで、小林さんにお願いがあるのです。」
再び、ケースワーカーの吉崎が言った。
「彼女の身元引受人になっていただけませんか?」
「身元引受人?」
純一は吉崎の顔を見た。吉崎は、懇願するような表情を浮かべている。古畑刑事も同様であった。
「何故?僕が見ず知らずの記憶を失くした女性の身元引受人にならなくちゃいけないんです!こういう時こそ、・・警察が・・いや・・どこかの機関で保護するべきでしょう?」
純一の言葉には、古畑刑事が答えた。
「ええ・・確かに、こうしたケースでは施設で一時的に保護する事になるんですが・・余り快適な施設ではないのです。・・・若い女性を保護するような事は考えていませんから・・・。」

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