SSブログ

1-20 卸団地 [スパイラル第1部記憶]

1-20 卸団地
純一の生い立ちの話を一通り聞いたあとで、ミホは、奥さんから引き継いで、伝票を処理する仕事をやった。その様子を見て、奥さんが切り出した。
「ねえ・・ミホさん。あなた、ここで働かない?私も助かるし・・パソコンを使うのってこの歳になると疲れるのよ。あなたがやってくれると助かるんだけど・・。」
「・・でも・・」
躊躇うミホに奥さんが言う。
「お給料も出すわ。余りたくさんは無理だけどね。そうすれば、純一の負担も減るでしょうし、あなただって、気兼ねなく洋服や化粧品なんかも買えるでしょ?ね、そうしなさい。決まりよ。」
ミホが返答をするまでに奥さんは決めてしまった。
「よろしくお願いします。」

ちょうど、純一が一通り仕事を終えて帰ってきた。
「純一さん、ミホさん、凄いわよ。・・パソコンの調子が悪かったのを直してくれたの。」
奥さんが、運総評と伝票を受け取りながら言った。純一は驚いた。そして、すぐに、パソコンの前に行くと、ミホに訊いた。
「どうやったんだ?」
ミホは遠慮がちに席に座って、プログラムを開いて、修正箇所を示して見せた。
「・・・そうか・・・気が付かなかった・・その方法があったのか・・・。」
なにやら訳のわからない文字の並ぶ画面を見つめながら、独り言のように呟いた。
「いや・・驚いた・・。ミホ、凄いな。」
感心している純一に、奥さんは言う。
「明日から、ミホさんはここで働いてもらう事になったからね。」
再び、純一は驚いて、ミホの顔を見た。ミホはこくりと頷いた。

アパートに戻り、いつものように夕食を摂りながら、純一はミホに言った。
「さっきのプログラムだけど・・・あれはどこで勉強したんだ?」
ミホは困惑した表情を見せた。
「判りません・・ただ、プログラムを見ていたらそういうことが浮かんだんです。」
「いや、良いんだ。思い出そうとしないほうが良い。・・また、体調が悪くなるといけない。」
純一はそういうと、その話は終わりだという風に、食事を一気に済ませた。

ミホが入浴を済ませてリビングルームに戻ると、純一が待っていた。
「見せたいものがあるんだ・・。」
そういうと、純一は、自分の部屋の隣にある「物置のような部屋」へミホを連れて来た。ドアを開け、ライトをつけると、そこにはたくさんのパソコンが置かれていた。物置ではなく、そこは工房のようになっていた。壁には幾つものディスプレイがあり、何台ものパソコンが棚に置かれている。純一は、真ん中にある椅子に座り、キーボードを叩いた。パソコンが起動する音がして、幾つかのディスプレイが光った。
「驚いたかい?ここで、プログラムを作ったり、コンピューターを組み立てたりするんだよ。」
そう言って、中央のモニター画面に、作りかけのプログラムを映し出した。ミホはじっとその様子を見ていたが、何か、昔同じような場所にいたような感覚を覚えていた。
「ミホがあんな知識があるなんて驚いたよ。・・これからは一緒に何か作ろう。」
純一が手を止め振り返って、ミホを見た。ドアの傍に立っていたミホの様子がおかしい。
顔が青ざめている。
「何だか、昔、同じような場所にいた気がするの・・でも・・。」
そう言いかけた時、突然、ミホは気を失い、その場に倒れてしまった。
「ミホ!・・ミホ!・・しっかりしろ・・おい・・。」

ミホは、病院のベッドで目を覚ました。
「大丈夫か?」
脇に座っていた純一が手を取って声を掛けた。
「私、どうしたんです?」
「部屋の前で気を失ったんだ。・・・先生の話では、記憶を取り戻す過程で、そういうことはあるそうだ。・・何か、思い出したか?」
ミホは悲しげな表情を浮かべて首を横に振った。
「そうか・・・良いんだ。無理に思い出そうとしちゃいけない。・・このまま、朝まで居よう。・・気が付けば大丈夫だって先生もおっしゃってたから。」

朝にはアパートに戻った。体調を考え、今日は家にいたらどうかと純一は言ったが、ミホは大丈夫と答え、鮫島運送へ出勤した。朝、社長から従業員へ・・と言っても、奥さんと純一、そしてケンしかいないのだが、ミホを紹介した。
「しばらく、事務員として働いてもらう事になったから、よろしく。」
事務所の外には、近くの会社の社長の顔が見えた。どうやら、昨日のうちに、鮫島社長が近くの会社の社長に、ミホの事を話したらしい。純一達が配送に出ると、何かと理由をつけて、入れ替わりでミホの顔を見に来るのだった。

ほんの数日で、ミホはこの卸団地の中で知らぬ人が居ない有名人になってしまっていた。
昼に、近くのコンビニまで買い物に出かけると、行き交うトラックから、「ミホちゃん!」と声を掛けられたり、休憩時間で外に居た工員たちも手を振ってくれる。コンビニのアルバイトの店員さえも名前を知っていた。
ミホは、そういう人たちに、いつもにっこりと笑顔を返した。ますます、皆がミホのファンになっていった。
当然、ミホが抱える事情も知られていて、純一は配送先の会社では「ちゃんと守ってやれよ!」と言われる事が多くなった。
ひと月ほど経つと、アパートの近くのスーパーマーケットに買い物に行くと、奥さんたちからも声を掛けられるようになった。
「ミホ、もうひとりっきりじゃないな。」
買い物の途中で、ふと純一が口にした。ミホは幸せを感じていた。

nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0