SSブログ

1-19 鮫島運送 [スパイラル第1部記憶]

1-19 鮫島運送
「純一さん・・・今夜は傍にいて下さい。」
ミホはそう言って立ち上がった純一の手を掴んだ。淋しさを心の芯まで感じたミホは、少し酔った勢いもあって、強引に純一に抱きついた。
「判ったよ・・・。」
純一は、ミホを抱きしめた。そして、ミホを抱えあげるとそのままミホの寝室に運んだ。
ミホに腕枕をした。小さな子どもが親に抱かれて眠るように、ミホは純一の胸辺りを掴んで小さく縮こまった格好をしている。純一は優しく、ミホの髪を撫でた。しばらくすると、ミホは静かに寝息を立て始めた。
「随分、疲れていたんだろう・・・。」
純一も静かに目を閉じた。

翌朝、純一はミホを連れて鮫島運送に出社した。
「おはようございます。・・・お言葉に甘えて・・ミホを連れてきました。」
社長はいつものように古いソファーに座って新聞を広げていた。
「ああ、おはよう。」
社長がちらと顔を上げて純一とミホを見た。奥の部屋から、奥さんがお茶を運んで出てきた。
「いらっしゃい。・・よろしくね、ミホさん。」
「済みません。お邪魔します。」
「良いのよ、遠慮なく・・娘だと思ってるって言ったでしょ。」
奥さんはそう言うと、ソファに座っている社長の前に、お茶を置いた。
純一は、すぐにロッカー室へ向かい、すぐに着替えて出てきた。それから、今日の運送表を取り出して、トラックのキーを掴んだ。
「じゃあ、行って来ます。ミホの事、よろしくお願いします。」
ミホは事務所を出て、純一のトラックを見送った。

「ミホさん、ここ、座って。」
奥さんは、書類が積み上げられた自分の机の隣を指して言った。
ミホは、しばらく、事務所の壁に掛けられた何かの感謝状とか、棚に入っている書類の背表紙だとかをぼんやりと見ていた。

「・・やっぱり駄目ね・・上手くできないわ・・・明日、請求書ださなきゃならないのに。」
隣に座って事務作業を始めた奥さんが、パソコンを何度か叩いた後呟いた。
「もうパソコンも古いからな・・・お前と一緒さ・・取り替えなきゃ駄目かもな。」
相変わらず、ソファーで新聞を読んでいた、社長が暢気な声で言った。
「あんたこそ、何も出来ないくせに。パソコンと一緒に粗大ゴミにして出そうかねえ。」
奥さんは答える。それを聞いていたミホが言った。
「あの・・ちょっと見させてもらっていいですか?」
奥さんは、「わかるの?」と少し驚いた顔をしながら、席を空けた。
ミホはパソコンの前に座ると、横にあった書類の一つを見ながらキーを叩く。そして、書類を置くと、何か複雑な操作を始めた。周囲の様子など気にならぬほど、集中した眼差しでじっとパソコン画面を見つめている。時々、天井を見上げ、再び、キーを打つ。30分ほどして、立ち上がった。
「もう大丈夫です。少し、プログラムにバグがあったようです。それと余分な処理も入っていたので削除しておきました。もう大丈夫です。」
言っている意味は良く判らず聞いていた奥さんは、怪訝な表情で机に座った。そして、先ほどの作業を始めた。
「まあ・・ほんと・・前より見易くなってるし・・・請求書も綺麗にできるわ。ありがとう。これで、夜なべしなくて済みそうね。」
そう言うと、にっこりとミホを見た。
「でも・・ミホさん、こんなことが出来るなんて驚いたわ。」
そう言われて、ミホ自身も驚いていた。
「何だか、急に判るような気がして・・・パソコンの前に座ったら急に頭の中にいろんな事が浮かんできたんです。」
「へえ・・・きっと、そういうお仕事をしてたんでしょうね。」
不思議だった。自分に関する記憶など全く浮かんでこないのに、こうした事は浮かんでくる。
「それにしても、よく出来たプログラムですね。」
「そりゃそうよ。・・純一さんが作ったんだから。・・ここらの小さな会社は大抵、純一さんがコンピューターを入れたのよ。随分、事務仕事も楽になったって喜ばれてるんだから。あら・・聞いてなかったの?」
「ええ・・純一さんは余り自分の話をしてくれないんです。」
「そう・・・。」
奥さんは少し考えてから、純一の生い立ちを話し始めた。
「ここへ来たのは15の時。小さい時に親を亡くして施設にいたのよ。中学校を出た後、就職しなくちゃいけなくて、ここへ来たの。免許が取れるまでは、事務仕事をしていてね。物覚えが良いんで、社長が夜間の高校へ通わせようって言ってね。仕事をしながら大変だったと思うけど随分勉強していたようでね、推薦で大学も行ったわ。」
奥さんはまるでわが子の自慢をするように得意顔で続ける。
「とにかく真面目でね、大学でも随分優秀だったようで、大手の企業からも採用したいって言われていたの。・・でも、社長に恩返しするんだって、そのままここで仕事をしてるの。運転手なんてやってるのはもったいないんだけどねえ。」
奥さんは少し寂しげな表情だった。
「純一さんは、頼まれると嫌といえない性格なのよ。ここらの会社の社長がここへ来て、いろいろ困った話をしていたのを聞いては、仕事の後に手伝いをしてるみたいね。コンピューターには強いらしくってさ、ほとんど、純一さんが作って、入れたみたいよ。」
「自分で組み立てて?」
「ええ・・そうよ。これだってそうなの。・・アパートにたくさん無かった?」
ミホは、ひと部屋、物置みたいになってるからという、純一の言葉を思い出していた。


nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0