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1-18 海岸で [スパイラル第1部記憶]

1-18 海岸で
タクシー会社へ問い合わせると、病院から若い女性を乗せた覚えのある運転手がすぐにわかった。そのタクシーは、浜地区にある体育館まで乗せたと答えた。
「・・そうか。ミホはきっとあの海岸だ。」

純一は、社長に、ミホを見つけたらすぐに連絡すると告げて、車を走らせた。
体育館は真っ暗だった。その脇から海岸に向かう道路をハイビームのままゆっくり車を走らせる。しかし、海岸までの道路にミホの姿はなかった。
以前は毎日のように通った場所だったが、ミホを見つけて以来訪れた事は無かった。夏の間に、道路もわかりにくいほど草が伸びていた。
海岸を見下ろす空き地に車を停めた。車のライトが照らす範囲には人影など無かった。
「まさか・・・。」
純一は、昨夜の様子を思い出し、まさか、自殺を考えたのではないか、と考え胸騒ぎがした。
車を降りると、波打ち際辺りまで掛けた。日が落ち真っ暗な海が広がっている。
「ミホー!ミホー!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。しかし、返答はなく、ただ波音だけが響いている。
幾度も幾度も、海岸の端から端まで波打ち際を行き来して、ミホの名を叫んだ。しかし、ミホの姿は見つからなかった。
純一は疲れ果て、波打ち際に座り込んだ。そして、天を仰ぐように大きな溜息をついた。

すると、後ろの方で、何かが動くような音がした。音のした辺りを目を凝らして見ると、大きな流木の影にこんもりと黒い塊が見えた。
「ミホ?」
純一は飛び上がるように立ち上がると、その流木めがけて走り出した。何度が、石に足をとられて転びそうになりながら、流木に辿り着くと、その脇に全身ずぶ濡れのミホが座っていた。
「ミホ?ミホ!」
膝を抱え蹲った格好で顔を膝に埋めている。確かにミホだった。
「ミホ!」
純一はミホを包み込むように抱きかかえた。ミホはがたがたと震えている。夏の終わり、それほど気温は下がっていない。寒さで震えているのではないようだった。
純一に包み込まれるように抱きかかえられ、ミホは、わあわあと声を上げて泣いた。
「良いんだ・・良いんだ・・・ミホ。・・・・生きていてくれて良かった・・・」
純一も、泣いている。
「淋しかったんだな・・ごめん。本当にごめん。」

ミホを連れて、アパートに戻ると、化粧品の販売員とケースワーカー、それに社長と奥さんも待っていた。連絡を受けて、警官の佐藤も顔を見せていた。
販売員とケースワーカー、そして奥さんはミホが車から降りると走りよってきて、取り囲むように抱きしめた。
「一人っきりじゃないんだからね。」
そう何度も何度も口にした。皆、泣いていた。純一は、社長と佐藤に深々と頭を下げた。
「さあ、風邪を引くといけないから部屋へ戻ろう。」
純一はミホの肩を抱くようにしてアパートへ戻っていった。

「腹減ったろ?今日は俺が晩メシを作るから。ミホは先にお風呂に入っておいで。」
ミホはこくりと頷いた。
晩飯といっても、純一に作れるものなどたかが知れている。インスタントラーメンとレンジでチンするチャーハン程度だった。しかし、ミホは美味しそうに食べた。
「もう・・居なくなったりするなよ。」
純一は、チャーハンをかきこみながら、ぼそっと呟いた。
ミホはラーメンをすすりながら、こくりと頷いて少し涙ぐんだ。
「片付けは私がやりますから・・お風呂どうぞ。」

純一が風呂から上がると、ミホがピンク色のパジャマ姿でソファーに座っていた。どうやって見つけたのか、書棚の奥に隠してあったはずのウイスキーとグラスと氷、そしてつまみをテーブルに置いている。
「ねえ、純一さんのことを教えて。」
純一は、タオルで頭を拭きながら、ミホの隣に座った。
「俺の事?」
「ええ・・・どんなところで生まれて、どんな恋人が居たのか・・なんでも良いの・・知りたいの。」
ミホはウイスキーをグラスに注ぎながら、少し、艶っぽい言い方で訊いた。
そう問われて気づいた。今まで、ミホには自分の話しをした事など無かった。だが、と考えた。
「僕の生い立ちは・・・良いじゃないか・・・」
「どうして?」
「楽しい話じゃない・・・。」
純一はグラスのウイスキーを一口飲んだ。ミホも、グラスにウイスキーを注ぎぐいっと飲んだ。
「じゃあ・・・純一さんは、どんな恋をしてきたのか、教えて?」
「今まで、恋などした事は無いんだ。」
「好きな人とか居たんでしょう?」
「いや・・・・そんな人も居なかったよ。」
「ええ?・・そんなことないでしょ。・・よおく思い出して。」
純一はグラスのウイスキーをもう一口飲んだ。
「そう言えば・・・・これは恋じゃないかもしれないけど・・・・施設にいたんだ。三つの時母が死んですぐにね。・・15まで居た。中学を出ると施設にはいられないんだ。・・その時、好きな子がいた。まだ、小学生だった・・その子はいつも僕に勉強を教えて欲しいって言って・・・。」
そこまで話して、純一は急に恥ずかしさを覚えた。そうだった。その子の名前が、「ミホ」だったのだ。何故、ミホという名が浮かんだのか、その時はわからなかった。遠い記憶の中に埋もれていた名前。そう言えば、その子も右目の下にホクロがあった。だから、彼女にミホという名をつけてしまったんだ。そう考えると、これ以上の話が出来なかった。
「どうしたの?」
ミホが少し頬を赤らめとろんとした目つきで訊いた。
「いや・・・やっぱり恥ずかしいから止めよう。それに、明日も仕事なんだ。もう寝ないと・・・ミホも何だか酔ってるみたいだからね。」
そう言うと、純一はソファーから立ち上がった。

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