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1-17 さびしさに [スパイラル第1部記憶]

1-17 さびしさに
純一が、夕飯のあと、風呂を済ませてリビングに戻ると、ミホが膝を抱えて座っていた。顔を膝に埋めるようにしてじっとしている。
「どうしたんだ?」
純一の問いかけに、ミホは返答しない。
「ミホ?」
再び問いかけると、ミホが『うう』っと小さな声を漏らした。どうやら泣いているようだった。
「一体どうしたんだ?昼間、何かあったのか?」
純一が問うと、ミホは首を横に振る仕草をした。
「黙ってたんじゃ、判らないよ。一体何かあったのか?誰かに何か言われたのか?」
それでも返答しないので、仕方なく、純一はミホの隣に行き、そっと肩に手を添えた。
ミホはぴくっと動いたが、顔は上げない。そのままの姿勢で、何かに気持ちをぶつけるように言った。
「私、どうして生きてるんですか?自分が何者かもわからず、ただ生きてるだけなんて・・・。」
純一は驚いて何と返答してよいかわからなかった。
ここ数日、特に変わった事は無かったはずだった。言い争う事も無かった。純一にはミホの嘆きが理解できなかった。
「ミホ・・・ごめん・・判らないんだ・・・一体、どうしたのか、落ち着いて話してくれないか?」
純一は、ミホの肩に添えた手を優しく動かした。しかし、ミホはその手を払い除け、さっと自分の部屋に閉じこもってしまった。

翌朝、ミホは起きてこなかった。純一は、昨夜の出来事にまだどう対処してよいのかわからず、ミホをそのままにして出勤した。

「それはきっと・・淋しいのよ・・。」
鮫島運送の奥さんは、朝の出発前に、純一が社長に話していたのを聞いて、ぽつりと言った。
「そりゃそうでしょ?・・・誰一人知り合いの居ない街に突然置かれて、さあ、ここがあなたの暮らすところですって言われたら、普通の人だって困惑するわ。・・まして、ミホさんには過去の記憶がない。自分が何者かもわからず、毎日同じように暮らしてるだけ・・純一さん、あなた、ミホさんとどれくらいお話してる?」
奥さんにそう言われて、純一はここ数日を振り返った。朝、部屋を出て夕方戻るまではミホは一人きりだ。夕飯の後、風呂に入ってから後も会話らしい会話は交わしていない。独身で居たため、自分のペースで暮らしてきた。夜、誰かと会話するなどという習慣も無かった。
純一は大いに反省した。しかし、ミホとどういう会話をすればよいのか判らない。記憶がないのだから、ミホ自身のことを訊ねることは出来ない。
「ここに連れていらっしゃい。・・・ここなら私も話し相手になれるわ。一人で居るよりよっぽど良いに決まってるでしょ。」
純一は奥さんの言うとおりにすることにした。

その日、仕事を終えて、純一はアパートに戻ると、ミホの部屋の前で言った。
「なあ、ミホ。・・鮫島運送の奥さんが・・一人で居るんなら、会社へ来ないかって言ってくれてるんだけど・・・。」
部屋のドア越しに純一は言った。しかし、返事は無かった。
「ミホ?居るんだろ?」
純一はそっと、部屋のドアを開けた。
中は真っ暗だった。布団は綺麗に畳まれて部屋の隅に置かれている。純一は慌てた。ミホが部屋から出て行ったのはすぐにわかった。
純一は、玄関の靴を確かめた。ミホの靴が無い。買い物に行くにしては遅い時間だ。もう陽も落ちている。純一は、慌てて玄関を飛び出した。階段を転げ落ちそうになりながら、大きな音を立てて降りていると、社長と奥さんが家の中から顔を出した。
「どうした?」
「ミホが・・・ミホが・・居ないんです。」
純一はそう言うと、アパートの周囲を走り回って探した。ミホの姿は見つからない。近くのスーパーまで行ってみたが、姿はなかった。戻ってくると、社長が手を振っている。
「居ましたか?」
「いや・・・今、警察にも連絡しておいた。一応、まだ保護中だからな・・・何かあったら・・お前も責任が問われかねないんだ。・・・おい、どこか、心当たりの場所は無いのか?」
純一は、社長の言葉に、ここ数日のことを思い出してみたが、心当たりの場所など浮かんで来ない。買い物に行っている以外、ミホが何をしていたのかまったく知らなかった。
「まさか・・・いや・・だが・・。」
純一は、ショッピングセンターの化粧品コーナーの販売員のことを思い出した。携帯電話に一応、連絡先は登録してあった。
発信音が数度響いて、あの販売員が出た。
「いいえ・・こちらには・・それに、今日はお休みだったからお店には出ていませんでした。」
と返答があった。
「ミホさんが居なくなったんですか?」
心配そうな声が受話器の向こうから聞こえた。純一は「ええ」と答えるで精一杯だった。
「済みません・・お役に立てなくて・・また、見つかったら連絡してください。私も、一度お店に行ってみますから。」
純一は礼を言って電話を切った。
「あのケースワーカーは?」
純一は、部屋に戻ると名刺入にあったケースワーカーの連絡先に電話をした。
「ええ・・・午前中に来られたようです。担当の先生もきょうは不在で・・すぐに戻られたようでした。・・ごめんなさい。・・今日、退院手続きの方があって・・その対応で忙しくて・・あとで、受付から様子を聞いたです。ちょっと心配だったんですが・・・何かあったんでしょうか?」
受話器の向こう側の声が少し慌てている。
純一が事情を説明すると、
「私も、病院やこの周囲を探してみます。まだ、病院内にいらっしゃるかもしれませんから。」
再び、純一は礼を言い、電話を切った。
「病院に行ったみたいです。その後が・・・。」
「おい、じゃあ、タクシー会社に問い合わせてみろ!病院からなら、きっとタクシーで何処かへ行ったに違いない。ミホさんは美人だ。きっと運転手も覚えているだろう。」

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レプリカ時計

えっとー。夏の恋っていぅのは基本あれだね。
by レプリカ時計 (2012-12-25 18:39) 

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