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1-16 二人の距離 [スパイラル第1部記憶]

1-16 二人の距離
純一が出勤した後、ミホは朝食の片づけを済ませると、部屋の中の掃除と洗濯をした。身体を動かす事で、余計な事を考えなくて済む。窓ガラスを磨いたり、リビングの床の拭き掃除、とにかく午前中は黙々と掃除をした。開け放した窓から潮風が吹き込んでくるが、まだ真夏の暑さが残っている。大粒の汗が流れる。気付くと、もう12時を回っていた。軽く、昼食を済ますと、しばらくぼんやりと外の景色を眺めていた。遠くに、松原が見える。
何故、あんなところにいたのだろう・・・ふと、頭を過ぎる。いけない、思い出そうとしてはいけない。ミホはそう自分に言い聞かせた。
『町に出てみよう。夕飯の買い物もしなくちゃいけないし』
ミホは昨日貰った化粧品で、薄く化粧をし着替えてから、出かけた。純一に合鍵を貰って、何か嬉しかった。仮住まいではあるが、何か、自分の居場所を貰ったようで、合鍵を見ては一人笑顔になったのだった。
昨日、純一と一緒に買い物をした、近くのスーパーに行ってみることにした。
アパートの前から、県道沿いの歩道を歩くと、遠くに目指すスーパーの看板が見えた。夕飯の献立を考えながら、スーパーに入ると、売場をゆっくり回りながら、食材をカゴに入れた。平日の昼間である。買い物客は少なかった。レジも混んでいない。買い物はほんの1時間ほどで済み、来た道を戻る。
ミホは、アパートを出た時から変な感覚を覚えていた。スーパーに入ってから出てくるまでもその感覚は続いていた。アパートへ戻る道でも同様だった。誰かに見られているような感覚だった。時々、振り返ってみたがそれと判る人物は見当たらない。何度も何度も、気のせいだと言い聞かせてアパートに戻った。
アパートに戻り、買ってきたものを冷蔵庫にしまっていると、買い忘れがあった事に気付く。すぐに鍵を持ってアパートを出た。
アパートの階段を下りていくと、駐車場に1台の車が停まっていた。黒く大きな車両で、後部座席はスモークフィルムが貼られている。ミホが階段をおり始めると同時に、車は急発進した。
「まさか・・・ね?」
ミホは独り言を呟き、そっと周囲を見回す。どこにも人影は無い。
「やっぱり、思い過ごしよね。」
ミホは再びスーパーに向かう。学校帰りの小学生が通りすがりに、大きな声で「こんにちは」と挨拶をしてくる。それはほとんど反射行動のように、誰から無く挨拶する。長い下校の列が続き、皆、一様に大きな声で挨拶をする。時々、じゃれあって転びそうになる小学生も居て、なんだか、可笑しかった。列が通り過ぎるまで、ミホは歩道の脇に立って見送った。
その時だった。ミホの頭に電気が走る感覚がして、思わず頭を抱えた。
ぼんやりとミホの脳裏に、たくさんの小さな子ども達が椅子に座って何かを待っているような光景が浮かんだのだった。
「何?これ・・・。」
もう一度思い浮かべようとしたが、激しい頭痛がして座り込んでしまった。
「大丈夫?」
下校途中の小学生が数人ミホの周りに集まってきた。その声ですぐに痛みは治まった。顔を上げると女の子が心配そうな顔でミホを見ていた。
「・・大丈夫・・ちょっと頭が痛かっただけ・・ごめんね、心配かけて。」
ミホが答えると、女の子はにっこりと笑顔を返すと、友達と一緒に下校の列に戻って行った。
夕方6時を回ると、約束どおり、純一が帰宅した。
「ただいま・・・。」
久しぶりに口にした言葉だった。ミホはすでに夕飯の支度を済ませていた。
「お帰りなさい。・・・あ、これ、買いました。」
ミホはそういうと、純一の前でくるりと回って見せた。純一は一瞬なんの事か判らずにいると、
「エプロン、買ったんです。ごめんなさい。無駄遣いしないようにしますから。」
「いや、良いんだよ。・・似合ってるよ・・・。ああ・・すぐに着替えるから・・」
何だか純一はこそばゆい気持ちが湧き上がってきて、そのまま自分の部屋に入った。
「もう夕飯出来ていますから・・。」
ミホの声がドア越しに響いた。

着替えを済ませて部屋を出ると、何だか、家の中が違って見えた。特に模様替えをしたわけでもないが何か違うように感じた。しばらく、純一はリビングを見回していた。
「済みません・・・・少し、部屋の中、掃除をしました。何か壊れてますか?」
「いや・・そうか・・掃除をしてくれたのか・・・。何だか、明るくなったみたいだな。」
隅々まで磨き上げられているためか、部屋の中がより明るく見えるのだ。窓ガラスもぴかぴかになっている。
「ありがとう。」
「いえ、・・・置いていただくのですから・・これくらいしないと・・。さあ、座ってください。」

焼き魚がメインの夕飯だった。
御浸しや味噌汁、いずれも文句のつけようの無い料理だった。どこかでちゃんと料理を習ったに違いない。家庭料理の域を超えている。ひょっとしたら、調理の仕事をしていたのかもしれない。純一は、夕飯を食べながら考えていた。
「あの・・・美味しくないですか?」
「いや、充分美味いよ。・・・どうして?」
「いえ・・さっきから、難しい顔をしてるみたいだから。・・魚料理は嫌いですか?」
「いや・・・・美味し過ぎてちょっとびっくりしてるんだ。何だか、料亭に来たみたいだよ。」
「言い過ぎです。」
「いや・・ひょっとしたら、ミホはどこかで調理の仕儀とをしていたんじゃないかって考えてたんだ。昨日のカレーも、特別な香辛料を使ったし・・・。」
そう、純一に言われてもミホは答えようがなかった。
「あ。ごめん、良いんだ。・・勝手な考えが浮かんだだけだから・・気にしなくて良いんだよ。」

昨夜と同様、食事の後、入浴を済ますと、純一はすぐに自分の部屋に入った。ミホが昼間何をしていたのか気にはなったが、何だか詮索するのも気が咎めた。あれこれ迷うのが嫌で、さっさと部屋に入ったのだった。ミホは入浴を済ますと、純一の姿がリビングに無いので、少し寂しい気持ちを抱えたままで、自分の部屋に入った。
このような日が、数日続いた。

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