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1-15 同居生活 [スパイラル第1部記憶]

1-15 同居生活
深夜2時を回った時だった。純一は、寝苦しくて目を覚ました。物音を立てぬようキッチンに行き、コップに水を入れて一気に飲み干した。リビングの隣にあるミホの部屋のドアが少し開いていて、部屋の明かりが漏れている。
「まだ、起きているのか?」
純一は、そっと隙間から部屋の中を覘いた。部屋の真ん中に布団が敷かれ、ミホは横になっているようだった。
「うう・・・」
ミホが小さな呻き声を上げた。そして、寝返りを打つと、苦しそうな表情がチラリと見えた。「悪い夢でも見ているのか?」と見ていると、再び、呻き声を上げる。どうやら悪夢にうなされているのではなく、体調が悪いようだった。純一は少し躊躇ったが、ドアを開けて部屋の中に入った。
「どうした、どこか具合でも悪いのか?」
近づいて声を掛けると、布団の中からミホの細い手が伸びてきて、布団の脇に立っている純一の足を掴んだ。純一は布団の脇に座り込むと、再び声を掛ける。
「どうした?どこか痛いのか?」
ミホは苦しそうな表情のまま、絞り出すような声で言う。
「頭が・・割れるように・・痛いの・・。」
純一は、『無理に想い出そうとすると体調を崩すかも知れません』という医師の言葉を思い出していた。きっとミホは、一人の部屋で、失った記憶を取り戻そうとしたに違いなかった。
すぐに純一は、リビングのテーブルにある痛み止めの薬を持ってくると、ミホに飲ませた。
「すぐに良くなるから。」
「すみません・・。」
「さあ、眼を閉じて、何も考えずに、眠った方がいい。」
「しばらく傍に居てください・・・・。」
「ああ、眠るまで傍にいるさ。さあ、眼を閉じて。」
純一は、ミホの手を握ってやった。ミホは安心したように眼を閉じた。暫くすると、小さな寝息を立てた。純一は、ミホのそばに座ったまま、ミホの顔をじっと見つめていた。
失くした記憶を取り戻したい、ミホはいつもいつもそう思っているのだろうと純一は考えていた。

「純一さん、起きてください。」
翌朝。ミホの布団の脇で横になっている純一は驚いて目を覚ました。
テーブルには朝食が並んでいる。
「昨夜はありがとうございました。もうすっかり良くなりました。朝食のしたくは出来ましたから、さあ、顔を洗ってきてください。」
ミホは真っ赤なTシャツを着て、髪を一つに結び、明るい表情で純一に言った。
「ああ・・・。」
純一はそのまま洗面台に向かい、髭をそり、顔を洗い、着替えてからテーブルに着いた。白いご飯と味噌汁、目玉焼き、漬物・・・久しぶりにまともな朝食だなと感じた。
「さあ、どうぞ。お口に合うといいけど・・。」
美味かった。純一は一気に食べてしまった。
「ああ、夕方6時には戻れるから・・・それと、これ。」
純一は食べ終わると、鍵と封筒を渡した。
「家の中にいるより少し外に出るほうがいいだろ。合鍵を作っておいたから。それとお金だ。遠慮は要らない、欲しいものがあれば買うと良い。・・・近くに、スーパーもドラッグストアもあるから。コンビニもあるから。・・部屋のものは自由に使って良いから。」
「はい。」
「じゃあ、行って来ます。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
なんだか、送り出されるなんて始めての事だった。幼い時親を亡くし、施設で育った純一には、こうして送り出してくれる人はいなかった。どこかこそばゆい思いでアパートを出た。

鮫島運送に着くと、社長がいつものようにソファに座って新聞を読んでいた。奥さんは奥の部屋でお茶でも入れているのだろう。
「おはようございます。」
純一が事務所に入ると、社長は新聞に視線を落としたまま、「おはよう」と返事をする。奥さんも奥の部屋からいつものように大きな声で『おはよう、今日も頑張ってね』と返事をした。何も変わらない朝の光景だった。ロッカー室で配達着に着替えて事務所に戻ると奥さんが聞いた。
「あれ?一人?・・ミホさんはどうしたの?」
「いや・・アパートに居ますよ。」
「ええ?一人っきりで居るんでしょ?ここへ連れて来ればよかったのに。知り合いも無いところで、一人で純一さんの帰りを待ってるの?」
「いや・・合鍵は渡してありますし、お金も置いてきたから・・・買い物にでも行けばいいかなって・・。」
「そう・・・。」
奥さんは少し残念そうだった。
今日の仕事が書かれた配送表を受け取り、純一は4トントラックに乗り込み、出発した。

「なんだか。いつもと変わり無いなあ?」
社長がぼそっと呟いた。事務机で仕事をしながら奥さんも「そうねえ」と答えた。
「男と女が一つ屋根の下・・何にも無かったのかねえ。」
「純一さんは、あんたと違って真面目だからね。良かったじゃない。」
そう言いながらも、奥さんは社長をたしなめるように言った。
「しかし、どういう娘なのかな・・・あれだけの器量でスタイル抜群、どこかの令嬢ってこともあるかもね。それにしても、水着で海岸に倒れていたなんて、尋常じゃないな?」
「ひょっとして・・・物騒な事件に巻き込まれて・・とか・・危ない世界の女ってこともあるかしらね?」
「ああ・・・そうかもな。・・純一と仲良くなっても、いずれはお別れって事になるんだろうな・・・。」
「深入りしないように注意したほうが良いかしら・・・。」
「さあな。」
社長と奥さんは、純一とミホとの関係を心配していた。

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