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1-14 手料理 [スパイラル第1部記憶]

1-14 手料理
「ミホ、社長と奥さんに挨拶して行こう。」
純一は車を止めるとミホにそう言ってドアを開けた。ミホは緊張した面持ちで純一の後ろをついて行った。
「社長」と純一が声を掛けると、わざとらしい素振りで、庭にしゃがみこんでいた鮫島社長が立ち上がって「おう、純一、買い物帰りか?」と答えた。奥さんも、それに反応して顔を向けた。
「ええ、今戻りました。あの・・この人が・・。」
と純一がミホを紹介しようとしたところで、社長が遮るように答える。
「ああ、唯から、おおよそ聞いてるよ。・・ええと・・ミホさんだったけな?」
そう言われて、純一の背後に隠れるように立っていたミホは前に出て頭を下げ、「ご迷惑をおかけします。」と言った。
「なんだ、唯の話より随分ベッピンさんじゃないか・・いやあ驚いた。純一にはもったいない。俺が世話をしようか。」
社長は、ミホの全身を舐めるように見て、訳の判らない事を言った。
背も高くスタイルも良い、先ほど化粧もしていて、ミホは確かに驚くほどの美人だった。
「あんた、何言ってんのよ!・・ごめんなさいね、下品なんだから。」
奥さんが社長を窘めるように見てから、言った。
「僕が勤めてる会社の社長と奥さん、ほら、病院の看護士だった唯のご両親さ。15歳の時からずっと一緒に居るんだ。大方の話は,唯が話してくれていてね。・・いろいろと支度も手伝ってもらったんだ。」
純一が取り次ぐように紹介した。
「本当に、ありがとうございます。できるだけご迷惑をおかけしないようにします。」
ミホは再び頭を下げた。
「気にしないでね。もともと世話好きなんだから。何か困った事があったらなんでも言ってね。私ら、純一の親のつもりで居るのよ。だから・・・もう一人、娘が増えただけよ。」
「ありがとうございます。」
「純一さんは、優しくて正直だから、何でも相談すれば良いわよ。・・まあ、余り、女性の扱い方は知らないだろうけど・・・何でも言ってね。」
奥さんは笑顔で言った。
「おお、そうだ、純一がおかしな事をしようとしたら、うちへ逃げ込んで来れば良い。おれが純一をとっちめてやるからな。」
「社長、何ですか、おかしな事って。僕はそんなことはしないですよ。」
「判りゃしないさ、こんだけの別嬪さんだからな。・・一つ家に住むんだしよ。」
「もう、あんたったら、いい加減にしなさいよ。さあ、もう夕飯にしましょう。」
奥さんはそう言って社長を引っ張って家の中に入っていった。
ミホは頭を下げて二人を見送った。
「さあ、荷物を運ぼう。夕飯を作ってくれるんだろ?」
純一はそう言うと、車の後部座席から購入したたくさんの荷物を運び出した。

純一は、ミホは記憶を失くしているから、料理もおぼつかないのではないかと様子を見ていたが、ミホは、何のためらいも無く、購入してきた食材を取り出し、冷蔵庫にしまいながら、慣れた手つきで夕飯作りを始めた。ミホ自身も何だか不思議な気分だった。
「自分の事は何一つ思い出せないのに・・料理はちゃんとできるなんて・・・」ミホは心の中で呟きながら料理作りを続けた。
純一は買ってきた物を仕分けし、それぞれの場所に置いた。小一時間で料理が出来た。

「こんなうまいカレー初めてだよ。まるで、高級レストランの料理みたいだ。」
「そう?」
「ああ、お世辞抜きに美味い。」
純一が喜んで食べる姿を見てミホは嬉しくなった。
「これから食事作りやお洗濯、お掃除は私がやります。いえ・・やらせてください。」
ミホは真顔で言った。
「そんなことをしてもらうために身元引受人になったわけじゃないから」
と純一は答えたが、
「それくらいしかお返しできないんです。」
とミホが言った。純一は承諾した。

食事を終えると、純一が切り出した。
「お風呂どうする?先に入ってくるかい?僕が入った後じゃいやだろう。」
「いえ・・後で良いです。」
そういう会話をして、純一は先に入浴を済ませた。
お風呂から出ると、食事の後片付けも終わっていた。
「着替えやパジャマも、チェストの中にあったと思うけど・・。」
頭を拭きながら純一が訊くと、
「ええ、もう準備しました。」
「そうかい。・・じゃあ、僕は寝室に行くから・・。」
そう言った純一は、『これじゃあ、まるで新婚夫婦のような会話だ』と感じ、慌てて否定するように言った。
「いや・・君も、僕にパジャマ姿を見られるのは嫌だろうし・・僕はもう、そのまま寝るから、あとは電気を消して休んでください。」
少しぎこちない言い方をして、さっさと玄関脇の自分の部屋に入った。

純一は、部屋のベッドに横たわり、天井を見つめ考えていた。
浴室からは、ミホが入浴している水音が聞こえている。
純一は、ミホとの距離の取り方が判らなくなっていた。
ほんの一日一緒に居ただけなのに、自分の心の中にはミホへの愛情のようなものが芽生えている。記憶が戻れば、元の世界へ戻るべきなのだ。愛したところで、それは報われる事はないだろう。いっそ、このまま記憶が戻らなければとまで考えてしまう自分を戒めた。
知らぬ間に、純一はそのままベッドで眠ってしまった。


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