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1-13 飛びきりの美人 [スパイラル第1部記憶]

1-13 とびっきりの美人
最後にルージュを引いて化粧は終了した。ちょうど、純一も戻ってきたところだった。
「さあ、完成。どう?」
ミホはしっかり化粧を終えた自分の顔をじっくりと鏡で眺めた。
「なんだか、別人が写っているみたいです。」
ミホは鏡に映る自分が途轍もなく自分とは別の世界の人間に思えた。
「ほんの薄化粧しただけなのに、随分明るく見えるわね。さあ、お披露目しましょう。」
そう言って、ミホの椅子をくるりと回した。
余りの美しさに感動したのか、化粧品コーナーを囲んでいた人たちから、驚きの声が漏れる。純一がその人たちの間を割って、ミホの前にやって来た。
純一は、見違えるほどに綺麗になったミホに言葉を失った。どう表現して良いかわからなかったが、今までにこれほど綺麗な女性にあった事が無かった。
「変?かしら・・。」
ミホが少し恥ずかしそうに訊いた。少女が初めて化粧をした時のような訊き方だった。
「いや・・驚くほど綺麗だよ・・・見違えた・・・。」
販売員が純一に向かって何か合図を送ったようだった。
「ああ、そうそう・・これ。」
純一はそう言うと、後ろ手に隠していた花束をそっとミホの前に差し出した。真っ赤な薔薇が5本ほどの花束だった。
「私に?」
ミホは飛び上がるほどの嬉しさのあまり、花束を受け取ると、思わず、純一に抱きついてしまった。周囲にいた人から、拍手が起こった。大型ショッピングセンターの一角で、突然起こったことは口々に店内に広がった。

「さあ、どうぞ。今日、使った化粧品のセットよ。モデルになっていただいたお礼です。」
販売員は、ピンク色の小さな紙袋を差し出した。
純一は「代金をお支払します」と申し出たが、販売員は「またモデルになっていただくお約束いただいたから結構です。」と言って、その紙袋をミホに渡した。
「それに、ほら、こんなにお客様を集めてくださったんですもの。これじゃあ足りないくらいですから。是非、またいらして下さいね。」
別れ際、販売員は綺麗な小さな名刺を差し出した。二人は、深々と頭を下げてその場を離れた。

純一は不思議な気分だった。
隣に居るミホは、全くの他人なのだが、もはや恋人の存在のように思えていた。それも飛びっきりの美人で若い。並んで歩いていると、きっと他人からすれば異様に思われるに違いなかった。それでも、純一は幸せな気分だった。
長く独り身であった。まともな恋すらした事も無かった。いや、できるだけ女性とは関わらないように生きてきた。そんな自分を思うと今のこの状態はとっても不思議な事であった。

もう夕刻が近づいていた。
「夕飯どうしようか?」
「私が作ります。」
「大丈夫か?」
「たぶん・・作れると思います。・・・作った記憶はなんとなくあるような気がします。」
「じゃあ、戻ろう。・・ここで買うより、もっと安くて良い物がある店が家の近くにあるんだ。」
二人はすぐに車で自宅近くのスーパーに寄った。ローカルスーパーだが、売場は結構広い。ベーカリーも惣菜も、鮮魚売場も広く明るい。純一は余り来店する事はなかったが、鮫島運送の奥さんがいつもこの店を褒めているのを聞いていたのだった。
「何にします?」
カゴを抱えてミホが純一に訊いた。
「何でも作れるのか?」
純一は少しからかう様に訊き帰した。ミホは少し困った顔をした。瞬間、純一は答えた。
「カレーにしよう。暑くて食欲の無いときはカレーに限る。」
ミホは頷くと、材料を次々に選び始めた。やはり、料理の記憶は確かなようだった。
ジャガイモやたまねぎ、にんじんをカゴに入れると精肉売場へ行った。精肉売場では、牛肉を熱心に見比べている。
「これじゃ駄目なのか?」
純一が、「カレーシチュー用」と書かれたパックを取り上げて見せたが、ミホは一目見て首を振った。そして、近くに居た店員を呼び止めて「牛ヒレ肉のブロック」を注文した。程なくして、バックヤードから店員がパックに入れたヒレ肉を幾つか持ってきた。その中から一つを選ぶとカゴに入れる。
それから、香辛料のコーナーに足を運んだ。そして、棚に並んだたくさんの香辛料を一つ一つ吟味しながら、ミホは、幾つかの香辛料をカゴに入れた。それは、純一には初めて聞くような名前のものばかりだった。
「こんな香辛料を使うのか?」
「え?入れませんか?」
「大抵は、材料とカレールーで充分じゃないのか?」
「ええ・・そうなんですか?・・でも、確か、こういう香辛料を使ったはずです。」

純一は、きっと、ミホは裕福な家庭に育ったに違いない、いや、あるいはそういう家庭の奥様なのかもしれないと想像した。やはり、記憶が戻れば、今の自分とは別の世界に戻っていくのだと寂しさを感じてしまった。
「どうしました?」
「いや・・何でもない。随分、おいしそうなカレーが食べられそうだ、楽しみだよ。」
純一の言葉にミホは嬉しそうな笑顔を返した。
レジで支払を終えると、二人はアパートに戻った。

もう夕日が沈もうとしていた。
駐車場に車を入れると、社長と奥さんが隣に立つ家の庭に出ているのが見えた。社長と奥さんは、純一の車を見つけると慌てて何か仕事をしている風に動き始めた。明らかに二人を待っていたようだった。

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