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2-15 洋一 [スパイラル第2部遺言]

2-15 洋一
小さなケーブルカーで船着場まで下りていくと、先ほど聞いた洋一が出迎えに待っていた。純一より少し若いだろうか、日に焼けて真っ黒な顔、筋骨逞しい身体、そして、ウェーブのかかった髪を天頂あたりで縛り上げている。
「新社長の小林純一様と奥様のミホ様です。」
ミカがそう紹介すると、洋一は跪いて挨拶した。それはまるで、中世の武士が主人にみせるような仕草であった。なんだか古めかしい挨拶の仕方に、純一達は戸惑いを隠せなかった。純一は、右手を差し出し、「よろしく」と握手を求めた。
「今・・手が汚れておりますので・・・。」
洋一は握手を拒んだ。みると、手袋をつけている。手袋を取れば支障もないはずなのだが、汚れていることを言い訳にしてどうも手を差し出したくないようだった。
仕方なく差し出した手を引っ込めてから純一が言った。
「君は、ここの設備を管理していると聞いたんだが・・・電力の事は判りますか?」
「はい・・・ああ、ですが、ラボの中は判りません。社長・・いえ、英一社長がご自分で管理されていましたから。ただ、島全体の設備や修理なら判ります。どこか不具合でもありましたか?」
「いや・・そうじゃないんだが・・・ラボの電力を増やせないかと思っていてね。」
「少しお時間をいただけませんか・・・調べてからお返事いたします。」
「ああ・・・お願いするよ。・・ところで、君はどこで寝泊りしているんだ?」
「このクルーザーです。船室の下に小さな部屋があります。ほとんどはそこに居ります。御用があれば、名をお呼び下さい。すぐに駆けつけます。」
洋一の言葉の意味がよくわからず、ミカを見た。
ミカは、耳元を指し示しながら答えた。
「私達はいつもイヤホンをつけています。社長が名を呼ばれると自動的に知らせてくれるシステムがあります。島の中なら、どこに居られるかもすぐに判ります。」
何かいつも監視されているようで、純一もミホも良い心地がしなかった。
「ご安心下さい。名前を呼ばれない限りは、一切判りませんから・・。」
純一とミホの様子を察して、すぐに、ミカが取り繕うように言った。
純一は、ミカの言葉を聞いて急に思いついた。
「英一社長が事故でなくなられた日の事だが・・・。」
そう言うと、洋一が答えた。
「あの日は、急に社長が、本社に行くと言われまして、クルーザーで港までお送りしました。」
「一人だったのかい?」
「ええ・・何か思いつめた表情をされていました。おそらく、副社長に会いに行かれたのだと思います。」
「一人?・・・秘書のミホさんは同行していなかったのか?」
「ええ・・警察の方にもお話しましたが・・あの前日、ミホさんは社長の指示で、マリン事業部へ行かれました。私が送っていきましたから覚えています。」
「それで・・英一社長は、一人で本社へ?」
そこまで聞いていたミカが口を挟む。
「前社長は、本社へは行かれなかったようです。警察でも社長の行動を調べていたようですが、本社には立ち寄った形跡はありませんでした。・・それと、事故を起したボートは、マリン事業部で新造したばかりのものでしたから、社長は本社へ向かわず、マリン事業部へ行かれたと思います。」
「マリン事業部には誰もいなかったのかい?」
「ええ・・あの日は休日で・・誰もいませんでした。社長はマリン事業部の鍵もお持ちですから・・出入りは自由に出来ます。そこで新造船に乗られたと思います。・・ただ・・残念ながら、監視カメラが二日ほど前から故障していまして記録は残っていませんでした。」
「じゃあ・・社長はやはり自殺という結論になったわけだね。」
「ええ・・遺書も見つかりましたし・・・マリン事業部に入り、新造船を自由に使えるのは社長以外にありませんし・・・。」
「そうか・・。」
そこまで聞いていた洋一がぼそりと言った。
「しかし、社長が自殺されるなんて・・・。」
「君は違うと思っているのかい?」
純一の問いに、洋一は少し躊躇いながら答えた。
「社長は・・いえ、前社長は、ご自身でボートを操縦される事はないんです。このクルーザーも、本社との行き来に必要だからと置かれていました。一応、船舶免許はお持ちでしたが・・船はお嫌いの様子でした。それに、本社へ行くと言われていたのも、何か差し迫った問題を解決したいという様子でしたから。・・私にもすぐに戻るから港で待機して置くように言われました。」
「しかし、本社へ行かず、ボートに乗り事故に遭って命を落とした・・・。やはり、不自然すぎるな。」
純一は顎に手を当てて、ここで聞いた話を整理しながら呟いた。
「ボートの事故の原因は?」
ミホが洋一に訊いた。
「警察の調べでは火災事故のようです。ただ・・・ボートはほとんど燃えてしまって海中に沈んでしまったので確定したわけではありません。ただ、周囲にいた船から、社長の船から大きな火柱が上がっていたという目撃情報があったのでそういう結論に至りました。私も、事故を聞いてすぐにクルーザーで現場へ向かいました。周辺ではボートの破片もありましたし・・社長のご遺体にもかなりの火傷がありました。」
「新造船だったんでしょう?そんな欠陥でもあったの?」
ミホがさらに訊いた。
「いえ・・その点は警察がマリン事業部の伊藤部長にもかなり厳しく追求されていました。欠陥はなかったという結論で・・結局、前社長が大量にガソリンを撒いて火をつけたのではないかと・・だから自殺という事に落ち着いたのです。」
「どれも状況証拠ばかりなんだね。」
「ええ・・・」
ミカも洋一も落胆したような表情を浮かべて頷いた。
「秘書のミホさんの行方もその後は判らないんだったね?」
「ええ・・本社にも居なかったようですし・・・所在は不明のままです。・・ボート事故で社長と一緒に居たとすると、ひょっとしたらボートとともに海中に・・とも考えたんですが・・・不確かな事は口にするなとと如月さんからも釘を刺されていましたから・・そのままになっています。」
ミカの返答に純一はミホを見た。
「やはり、秘書のミホさんの事を調べる必要が在りそうだな。」
ミホはこくりと頷いた。

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