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伊勢への道 1-1 都にて [アスカケ外伝 第2部]

タケルたち一行が、都に戻ると、都大路にはひとだかりができていた。難波津や紀の国の出来事を、口伝えに聞いた人々は、タケルたちに称賛の言葉をかけ、大いに祝った。
宮殿では、皇アスカや摂政カケル、そして、郷の長達が出迎えた。
「ただいま戻りました。」
タケルたちが、難波津や紀の国の事を一通り報告すると、皆、口々に褒め称えた。その後、タケルたち一行は、大和の郷を一回りし、それぞれに報告をして回ることになった。
ヤスキの生まれた当麻の郷では、年老いた葛城の大連シシトが出迎えてくれた。ヤスキを春日の杜へ行かせてくれるよう摂政タケルに頼んだのが、シシトだった。
「・・お前が・・ヤスキか?・・ここを出る時まだ、幼子のようであったが・・。」
シシトの眼からは大粒の涙が零れている。
「よく頑張ったな。」
シシトのその言葉は、ヤスキにとって最高の賞賛だった。
「ヤチヨでございます。シシト様。」
ヤチヨがシシトの足元に傅いて挨拶をする。ヤチヨは、葛城の郷の生まれだった。
「おお・・其方も立派な女人となられた。これほどの喜びはない。良き日じゃ。」
それ以上の会話は必要なかった。一行は、一晩、当麻の郷で過ごしたあと、次の郷へ向かった。
チハヤの郷は、磯城だった。父も母もすでに他界し、七歳の時、春日の杜へ預けられていたため、知る人はほとんどいなかった。だが、一行が磯城の郷へ入ると、盛大な出迎えを受けた。そして、皆が、チハヤを探していた。
郷の館へ通されたチハヤ達の前に、磯城の大連、イズチの妻ヨシが進み出た。
「これは・・ヨシ様。」
チハヤは、思わず駆け寄り足元に傅いた。
「チハヤ様は覚えておられぬでしょうが、郷の者は皆、チハヤ様を知っておりますよ。伊勢よりいらしたヒシノ様・・あなたの母様は、幼きあなたを抱え苦労されておりました。我らも精いっぱいお支えしておりましたが、争乱の後はしばらく、皆、厳しい暮らしで・・ヒシノ様の病は進み、必要な薬草もなく・・終には・・。そんなあなた様が、薬事所の指南役・・これはきっと、母様の御導きでしょうね。」
そうした日々がひと月ほど続き、ようやく落ち着いた暮らしとなったのは、夏を迎えようという頃だった。
春日の杜に戻ったタケルたちは、もはや、そこで学ぶ子どもではなく、舎人の一員として、子どもらを導く役を果たすことになる。
春日の杜の大屋根の広間には、多くの子どもが集められていた。
「本日より、舎人様が増えることになる。良いか、しっかり学ぶのだ。」
春日の杜のモリヒコが子どもらを前に言った。広間に集まった子供らの眼はキラキラと輝いている。子どもたちは、ここ春日の杜で自分たちと同じように学んだタケルたちが、難波津や紀の国で活躍した話を何度も聞いていて、次は自分の番だと思うようになっていた。子どもらにとって、タケルたちは英雄である。そして、その英雄が舎人となり自分たちを導いてくれるのは心の底から嬉しかったのだった。
「タケル殿には、国作りや里づくりを教えていただく。皆も知っているだろうが、タケル殿は皇子である。だが、ここでは舎人の一人に過ぎぬ。何事もものおじすることなく、聞くことだ。」
モリヒコは、笑顔で子どもらに言う。
「そして、ヤスキ殿には、多くの国々と如何に取引するか、どうやって荷を運ぶかを教えてもらう。ヤスキ殿は、春日の杜では力だけが自慢だったが、難波津では、韓の商人や港主から教えを受けている。これから役に立つ知恵をたくさん持っておられる。」
モリヒコの紹介に、子どもらが笑った。
「チハヤ様には、薬草の知識を教えていただく。杜にある薬草園も、しっかり見てもらう事にする。ただ、チハヤ様は、都の薬事所の指南役もやっていただくため、お忙しい。よいか、まずは、自らの頭で考え、調べ、それでも判らない時、教えを乞うのだ。良いな。」
チハヤは少し戸惑っていた。ここにいた頃、薬草の知識など全くと言って持っていなかったはずだった。だが、戻ってみると、杜の中に大きな薬草園ができていて、子どもらがその管理をしていると聞いて驚いていた。
「それから、ヤチヨ様は、難波津から運び込まれる様々な食糧、野菜、果物を使った料理を教えていただく。ヤチヨ様は、ここにいた頃も畑仕事が大好きだった。そして、食べる事もな。・・好きな事ならだれもが一生懸命になれる。食いしん坊なら、是非、ヤチヨ様に教えを乞うが良かろう。きっと、春日の杜の朝餉や夕餉は、今まで以上に美味になるはずだ。」
モリヒコの紹介は、ヤチヨが食いしん坊だと言わんばかりで、少し恥ずかしくなった。
「では、これより学びの時間とする。」
モリヒコの号令で、子どもらはそれぞれに、タケルたちの周りに集まり、話を聞くことになる。時には、大広間で、時には、畑や薬草園、森の中、様々な場所で、タケルたちは子どもらを導いた。
そうして、都に戻ってから二年近くの時が流れた。その間、幾度か、それぞれのアスカケに出る話は持ちあがってはいたが、まずは、自分たちが学んだことを少しでも多くの者に伝える事が自らの役割と定め励んだ。
ムロヤと共に、山城国へ向かったトキオからは、それ以降、何の音沙汰も無かったが、どうやら、但馬、伯耆を経て、出雲国へ入っているらしいと風の便りで知った。
アナト国のタマソと共に、船で西国へ向かったヨシトは、タマソから船を一隻貰い受けて、西国でできた友と共に、九重へ向かっていた。一回りした後、四国を巡り、難波津へ戻るのはまだ先のようだった。
そうして、それぞれが道を定め歩き始めていた。


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