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1-2 伊勢からの使者 [アスカケ外伝 第2部]

タケルたちが都に戻って二年ほど過ぎたある日、宮殿から呼び出しがあった。
宮殿の大広間には、すでに大和じゅうの、大連や長が集まっていた。タケルたちは大広間の一番末席に控えている。広間の上座には御簾に囲まれた部屋があり、ゆっくりと皇アスカが入ってきた。そして、脇から摂政カケルが出て来て、御簾の外に着座した。
「皆に集まってもらったのは、ヤマト国にとって忌々しき事態が起きたからなのです。」
摂政カケルは立ち上がり、皆に向かって言った。
「忌々しき事態とは?」
大連イズチが尋ねる。
「昨日、伊勢国から使者が参られました。・・お通ししてください。」
カケルが言うと、脇の戸が開き、一人の男が深々と頭を下げて大広間に現れた。衣服から立派な兵士であることが判る。
「伊勢国のミムラと申します。此度、ヤマト国の援軍のお願いに参りました。」
「援軍とは・・物騒な・・。如何したのだ。」とイヅチ。
「はい・・今、我ら伊勢国は東国との戦の最中なのです。隣国、志摩国、尾張国、美濃国とともに、東国と闘っております。」
「東国とは?・・尾張の先は、三河、遠江、駿河と聞いておるが・・何故、戦となっておるのだ?」とイヅチ。
「駿河国に、登呂という郷がございます。そこは、豊かな田畑を持ち穏やかな気候故、多くの人が集まり、大和国を凌ぐほど賑わっていると聞きます。そこの長が周辺の郷を従え、大和へ迫ろうとしているようなのです。すでに、遠江や三河国は駿河国の支配下となっております。このままでは、ヤマトの安寧が危うくなりましょう。・・ですが、我らの兵力だけでは、おそらく早晩敗戦となります。どうか、大和国からの大援軍をもって、東国を追い払っていただきたくお願いに参った次第です。」
集まっていた大連や長たちは困惑した表情を浮かべた。大和平定以来、西国も安定し、もはや戦というものは起きるはずはないと思い込んでいた。居並ぶ者達は、大和争乱の際には、厳しい戦を経験したものが大半ではあったが、あれから長い歳月が流れている。忌まわしき戦へ臨む心構えなど棟に忘れてしまっていた。
「伊勢のホムラさまは如何しておられる?」
摂政カケルが訊く。
「ホムラは我が兄。志摩国や尾張、美濃と手を組み、今頃は、桑名沖の、長島か、津島あたりで陣を張っているはずです。ここが破られれば、桑名から伊賀を抜け、ここ大和までは一気に攻め入られることになると申しておりました。」
伊勢の長、ホムラは自国のためではなく、大和のために命を賭けていることが判った。
「しかし・・援軍と言っても、我らは暫く戦をしておらぬゆえ・・どこまで戦えるか・。」
そう言ったのは、シシトであった。
大連の任は務めている者の、かなりの高齢になっている。イヅチも頷く。
「確かに、シシト様の言われる通り、大和の力は期待されるほどのものではありません。大和争乱の時とは時間が経ち過ぎました。・・しかし、このままでは、なす術もなく東国に攻め入られるのは間違いありません。何か策を立てねばなりません。」
摂政カケルはそう言って、居並ぶ者の顔を見る。
タケルたちは、末席で、じっと皆のやり取りを聞いていた。戦と言えば、難波津で弁韓の軍船との闘いがあった。じっと話を聞きながら、タケルはその時の事を思い出していた。難波津でも、皆、戦の経験はなかった。だが、皆で知恵を出し合い、何とか勝つことができた。それも、殆んど剣を交える事はなかった。
タケルがすっと立ち上がった。皆、タケルへ視線を注ぐ。
「私に行かせてください。」
タケルはまっすぐに摂政カケルを見てきっぱりと言った。迷いはなかった。
「其方が行ってなんとする?」
摂政カケルが訊く。
「私も戦の経験はほとんどありません。ですが、難波津で弁韓の軍船とは戦いました。あの時は、皆の力を出し切ることで凌ぎました。仮に大和から大軍を出せたとしても、そうなれば多くの命を失うことになるでしょう。また、勝てるとも限りません。」
「ならば、なんとする。」とシシトが訊く。
「まず、東国の兵、登呂の長を知ることが肝要かと・・・判らぬ者と闘うのは無理でしょう。そのために、我らが東国へ向かい、敵の本性を見定めて参ります。そして、大きな戦をせずに済む道を探りたいと思います。」
タケルは前を向き堂々と言った。
「しかしながら・・タケル様は皇子。次の皇である御方が、そのような危険な事をされては・・・ヤマトの行く末も危うくなりましょう。」
とシシトが諫めるように言った。
「私も行きます。」
そう言って立ち上がったのはヤスキだった。
そして、チハヤも立ち上がる。
「伊勢は我が母の郷です。すでに戦で傷ついた方も多いでしょう。私が参り、そうした方々をお救いしたいと思います。」
これを見て、摂政カケルは腕を組んで考え込んでしまった。息子タケルの考えは理解できる。だが、シシトの言う通り、大和の行く末に関わる身であることも事実だった。
ふいに、御簾が動いた。皇アスカが御簾を押し上げ、ゆっくりと歩み出てきたのだ。
「カケル様、行かせてあげましょう。私たちも、九重から大和まで幾度も危うい目を潜り抜けて参りました。そして、その度に多くの方に助けられ、今日を迎えております。タケルの言うように、戦を収めることが何より。おそらく、東国の民も戦で傷つき、苦しい暮らしを強いられているに違いありません。ヤマト国だけでなく、東国を安寧に導くことこそ、今は大切なはず。」
皇アスカの言葉は、摂政カケルだけでなく、居並ぶ者達の心にも響いた。

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