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1-29 フウマ [アスカケ外伝 第2部]

館を出たサトルは、密談していた男の後を追った。
山道にはよほど慣れているだろう。なかなか追いつけなかったが、足音を頼りに、ついて行った。男は山をまっすぐに下ると、郷の手前で一度立ち止まり、周囲を確認すると、山筋に沿って隠れるようにして、北へ向かう。サトルは、さらに、男の後を追う。ついに、男は大高の郷へ入った。郷に入ると、男は、何食わぬ顔で通りを歩き、行き交う人と軽く挨拶をしながら、真っすぐ館を目指している。
男は、館の門番に何か小声で言うと、そのまま、中へ入って行った。サトルの耳には、男が「いつもの寝坊だ。」と聞こえた。
あの男は、館で働いているのか。イカヅチとイソカは繋がっているのか。これだけの動きでは何も判らなかった。
サトルは、館の周囲を回ってみた。高い塀が築かれていて、中を見る事は出来ない。ようやく見つけた高い木に登り、中を覗いた。土塀の向こうには堀が掘られている。そして、また、土塀が築かれ、その中に館はあった。遠すぎて、中の様子を知ることはできなかった。
サトルは少し、郷の中を探ることにした。
こうした時、話が聞きやすいのは水場だった。路地を抜け、水場を探すと、小さな小屋が建ち並ぶ奥に、泉があり、洗い場があった。
朝餉を終えて、女たちが、洗い物を抱えて集まってきていた。サトルは、塀の影に身を潜め聞き耳を立てた。
「また、呼び出しがあったってさ。」
「うちもだよ・。」
「また、戦なのかね。」
「畑の仕事も終わらないうちに・・困ったもんだよ。」
女たちの不満が聞こえてくる。
「いつからだって?」
「いや、それがよく判らないんだ・・。ただ、今度は長く家を空けるとは言ってたよ。」
「じゃあ、伊勢辺りまで行くつもりかね?」
「いや、渥美だって聞いたよ。何でも、ヤマトの皇子が、渥美の兵を率いて、攻めて来るらしい。」
「渥美の兵って言ったって、こっちとおんなじだろ?」
「ヤマトは強いのかねえ?」
やはりここでも、ヤマトが侵略してくることが信じられているようだった。
「そうそう、確か、ヤマトの皇子は神の力を持っているらしいよ。」
「神の力?・・怪しい妖術じゃないのかい?」
そこへ、甲冑を付けた兵士が現れる。
「おい!今、ヤマトの話をしていたな!」
問い詰めるような口調で、兵士は女達の前に立ち、剣を突き出して言う。
女達は、震えあがって、その場に伏せる。
「下らぬ話をせず、真面目に働け!」
その兵はそう言い捨てて、立ち去っていった。
女たちは、周囲を伺いながら、ゆっくり顔を上げると、兵たちを睨み付けた。
「こんな時、フウマ様が居て下されば・・。」
女の一人が呟く。
他の女たちは、その言葉に驚き、周囲を見た。
「その名前を軽々しく口にするんじゃないよ!」
「判ってるさ。でもね・・あの御方が居られれば・・戦など・・。」
女達の口振りから、フウマという者は、大高の民にとって大きな存在だという事は判った。だが、サトルは初めて聞く名前だった。
「今、どちらにおいでなのだろうねえ。」
女の一人はそう言うと、洗い物を抱えて、家に戻って行った。
他の女たちも、三々五々、家に戻って行く。
水場には、娘が一人残っていた。先ほどの話には全く加わらず、じっと片隅で洗い物をしていた。サトルは周囲を伺い、塀の影からさっと出て、娘の背後に回った。
「済まぬ。怪しいものではない。そのままでいい。聞きたいことがある。」
サトルは低い声でその娘に話しかけた。
娘は、一瞬、びくっと身を縮めたが、サトルの口調から優しさを感じたようで、すぐに平静に戻った。
「先程、女たちが話していた、フウマとはどういう御人か、知りたい。」
サトルは訊く。
娘は、洗い物を続け乍ら、少し考えて答えた。
「フウマ様は、頭領の御子息です。いずれ、この大高を治めるはずの御方です。」
「ならば、ヒナ姫の兄という事か?」
その娘は、ヒナ姫の名を聞いて、驚き、思わず、洗い物を落としてしまった。
「なぜ、その名を?」
「詳しくは話せぬが、今、我らはヒナ姫様のもとに居る。」
その言葉を聞いて、娘は急に表情が厳しくなった。そして、周囲の様子を伺うと、
「私についてきてください。詳しい事はそこで。」
娘はそう言うと、すっと立ち上がり、洗い物を抱えて、坂道を上っていく。
サトルも少し離れて娘の後を追う。娘は、坂を上り切ると、林の中に入っていく。しばらくすると下り道になり、目の前が開けたところに、小さな小屋があった。その先に、港が見える。船着き場には軍船が着いているのが見える。兵士が行き交う姿も見えるほどだった。
娘は、ちらりと港の方を見る。


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