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第1章 淡海国 1.1山城のムロヤ [アスカケ外伝 第3部]

難波津へ戻ったタケルたち。季節は夏の終わりを迎えていた。
皇アスカと摂政カケルが難波津に居られると聞き、諸国から次々に国主や頭領たちが献上品を持ち、集まってきた。そして、皇子タケルが東国で成した話を、アスカとカケルのアスカケの物語と比べながら、大いに喜び、そして讃えた。
そんな日々がひと月ほど過ぎた頃、ついに離宮が完成した。離宮は、いずれ皇位を譲った後に、アスカとカケルが過ごすための住まいとして、摂津比古や難波比古、そして、タケルたちが建てたものだった。
真新しい離宮の柱や床には、紀の国の材木が使われ、和泉の職人たちが丹精込めて作り上げた。大きさこそ難波津宮の半分ほどしかないが、細かい細工が施され、質素な中に豪華さを隠しているような素晴らしいものだった。
そこに、山城の国のムロヤが現れた。ムロヤは離宮完成を祝いに来たのではなかった。
「カケル様、やはり、出雲の国で異変が起きております。そのことで、ご相談がございます。」
ムロヤは、神妙な面持ちで皇アスカと摂政カケルに対面した。離宮の大広間には、皇アスカと摂政カケル、そしてタケルとミヤ姫が居た。
「出雲で異変とはいかなるものなのですか?」
摂政カケルが尋ねる。
「はい、出雲はご承知の通り神の国と呼ばれ、ヤマト国に匹敵するほど安寧な国でございました。しかし、数年前から、争乱が絶えぬようになりました。」
ムロヤが答えると、摂政カケルが言う。
「その事は、数年前の年儀の会でも聞きました。出雲国の東、伯耆の庄を武力で治めようとしている者がいると・・だが、それは出雲国で解決すべき事と決着したはずでは?」
「私もそう考え、しばらく様子を見ておりました。しかし、それは日増しに勢力を増し、丹波,若狭、そして越の国をもざわつき始めております。このままでは、ヤマトにも障りが出るのではと・・・。」
「淡海の国は如何ですか?」とカケル。
「まだ、平静を保っているといったところでしょうか・・。淡海は、越の国や若狭など北国と、山城、大和、難波津を繋ぐ要衝。脅かされると一気にヤマトにも戦火が届きかねません。」
ムロヤは、苦悩するような顔つきで言った。摂政カケルも考え込んだ。
「あの・・ムロヤ様、トキオはどうしていますか?」
タケルが尋ねる。ムロヤはタケルの顔を見つめ、言葉を選ぶように言った。
「トキオ殿は、但馬、伯耆を経て、出雲へ向かうと言って出かけました。すでに二年ほど経ちましたが、伯耆の国に入ったという知らせを最後に、行方知れずとなっております。」
「行方知れず・・ですか?」
タケルは驚いた。
トキオは、タケルに敗けぬほどの弓の名手であり、何事にも慎重だった。ムロヤは、行方知れずといったが、おそらく、戦に巻き込まれ命を落としたと考えているのだと容易に想像できた。だが、タケルは、トキオが戦の中で命を落としたとは考えたくなかった。幼い頃からともに過ごし、競い合うように弓や剣の鍛錬をしてきた。兄弟以上に深い絆がある。
「ムロヤ殿、この先、戦を避けて通れぬのであれば、すぐにも大軍を率いて、伯耆の庄へ向かうことになるのだが・・・ここへ相談に来られたのには、もっと深い訳があるのでしょう?」
摂政カケルが訊く。
ムロヤは、小さく頷き身を乗り出して答えた。
「今すぐ大軍を率いて向かうというのは愚策だと考えておりました。何より、伯耆ではさほど大きな戦が起きている様子ではないのです。」
「戦をせずに・・出雲国の多くの郷を我が物としているというのですか?」
カケルが訊く。
「それも少し・・小さな戦は起きておりますが、すぐに静まるようなのです。そして、そうした郷は、出雲国を離れ、伯耆の庄の主に従う様子。八百万の神を敬い奉じる出雲の民が、心変わりするように伯耆の主に従うというのが余りにも不可思議なのです。・・まるで呪術のごとく・・。」
ムロヤの話をそこまで聞いて、皇アスカが口を開いた。
「まるで、昔のヤマトのようですね。」
「皇様もそう思われますか?・・私は、難波津の皆様からしか聞き及んでおらぬのですが・・アスカケの話を不意に思い出しておりました。」
ムロヤが応えるように言った。
「では、出雲国になにか悪しき者が生まれたという事でしょうか?」
今度はタケルが訊いた。それを聞き、摂政カケルが訊き返した。
「タケル、悪しき、正しきは、何をもって決まるのだ?」
「民を守り、国の安寧を守ることこそ、正しき事だと思います。」
「では、伯耆の国の主も正しき者かもしれぬな。だが、その者がヤマトを攻めれば悪しき者であろう。物事は、それほど単純ではない。特に此度は、出雲国の事。我らが善悪を定める事は出来ないでしょう。」
摂政カケルはそう言って天井を見上げ、しばらく黙り込み、ふいにタケルを見つめ言った。
「タケルよ、今一度、旅に出るのだ。今、出雲で起きている事を見定めて来るのだ。出来るだけ、多くの地を巡り、真実を見つけてきてもらいたい。」

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