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1.2 巨椋池 [アスカケ外伝 第3部]

タケルとミヤ姫は、都へは戻らず、大伴のムロヤとともに、山城の国へ向かうことになった。
タケルたちが旅に出ると聞き、ヤチヨが面会を求めてきた。
「どうしました?」
タケルは、離宮の広間でヤチヨと対面して訊いた。ヤチヨの横には、初めてみる顔があった。
「出雲に向けて、騒乱を見極めに行かれると聞きました。危うい旅というのは承知しております。どうか、私たちもお連れ下さい。」
ヤチヨと、隣にいる男が頭を下げる。
「しかし、ヤチヨ殿にはここでの仕事があるでしょう?」
タケルはそう言いながら、ヤチヨの隣にいる男の事が気になっていた。その様子を男も察知した。
「申し遅れました。私は、ナミヒコと申します。衛士長・・いや、今は難波津の頭領、難波比古様の弟です。兄の跡を継ぎ、衛士長をしております。」
言葉通り、衛士としては申し分ないがっちりとした体つきをしている。
「あなたも共に行くつもりですか?」
タケルが訊く。
「はい。昨夜、ヤチヨ殿から相談を受け、すぐに、頭領にも話しました。兄も随分と心配しており、タケル様とミヤ姫様をお守りする役に任じられました。その間は、衛士長の職は暫く兄が兼ねることとなりました。」
すでに話は決まっているようだった。
「判りました。共に参りましょう。」

数日後には、タケル、ミヤ姫、ヤチヨ、ナミヒコの四人は、ムロヤとともに先ずは山城の国の都に向かった。
難波津から船で川を上り、ほどなく、巨椋池に着く。巨椋池の岸辺には、幾つもの郷が見え、たくさんの船が着いていた。しかし、不思議と静かだった。難波津でこれほど船が居れば、多くの人夫達が荷を運び、活気づいているはず。タケルは、周囲を注意深く見定めている。その様子にムロヤは気付いて、声を掛ける。
「いかがされましたか?」
「いや・・巨椋池の周囲には、幾つもの郷があるようですが・・何やら妙に静かで・・少し不思議な気持ちなのです。」とタケルは答える。
「そう?」と、ミヤ姫はそう言うとタケルと同じように周囲を見回す。ヤチヨとナミヒコも周囲に目を向けた。
「本当に、人影も少ないようですね。」とミヤ姫。
「気づかれましたか。・・・そうなのです。この地は、難波津に集まる荷を更に淡海や越の国まで運ぶための、いわば、二つ目の港なのです。また、これより北にある越から、淡海を下ってきた産物を、難波津へ運ぶのです。淡海も難波津も大きな船で運べますが、川を行くには小舟に積み替えねばなりません。それは我ら、巨椋池の周囲に住む者の生業なのです。」
ムロヤは答える。
「それが静かという事は・・。」とタケル。
「はい。近頃は、さっぱり荷物が動かなくなったのです。」
ムロヤは哀し気な表情で答える。
「近頃、難波津に、越の国の産物が届かなくなったのはそういう事だったのですね。北の海の産物は、どれも立派で、中津海とはまた違う美味しさがありました。徐々に、入らなくなったので、不思議に思っておりました。」
ヤチヨが言う。
「長引けば、皆の暮らしが立ち行かなくなり・・いずれは・・。」
とタケルが訊く。
「はい。国の安寧を脅かすのは、戦だけではありません。今は、諸国が繋がってともに栄えることが大事。どこかで不穏な動きがあれば、このように暮らしが厳しくなる。それが続けば、大きな諍いが生まれるのです。」
ムロヤの言葉は、タケルには新鮮だった。
これまで、戦を止めることに奔走してきたのだが、本質的な部分に気付いていなかったように思えた。
「私の郷の熱田も、同じでした。美濃や飛騨、信濃あたりまで、知多や伊勢の産物を届けるために多くの船が行き交い、活気がありましたが、小さな諍いをきっかけに生業が成り立たなくなり、そうした者が悪しき道へ進み、郷が荒れました。」
ミヤ姫が言うと、タケルが続けた。
「ここより北、淡海や越の国がどうなっているか、この目で見て参ります。そして、伯耆へ向かい、国主を名乗る者に遭わねばなりません。」
タケルの言葉を聞き、ムロヤが溜息をついた。
「その事でお話しておかねばならぬことがございます。まずは館へ参りましょう。」
タケルたち一行は、ムロヤの案内で、巨椋池の北に広がる向島という郷へ向かった。向島は、北を流れる宇治川の中州にできた地で、数多くの水路が張り巡らされている。タケルたちの船は、その一つに入って行った。暫く行くと、土を高く持った土地に館が建っていた。館は高床式になっていて、その下に船が入ることができる仕掛けになっていた。

しばらくすると、タケルたちの後を追うように、小舟が五隻ほど、巨椋池を上ってきた。それらの小舟には屈強な男が数人ずつ乗っていて、タケルたちが館へ入るのをじっと睨んでいるようだった。そして、その船は、郷の近くの葦の茂みに隠れるように入っていった。

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