SSブログ

1.3 アキヒコノミコト [アスカケ外伝 第3部]

ムロヤの館の広間で、夕餉を摂りながら、今後の事を話し合うことにした。
「先程の事ですが・・」とムロヤが切り出した。
「実は、伯耆の庄の主の事で、少し気掛かりなことがあるのです。確証はないので、あくまで私の・・ひとつの見方として、お聞きください。」
ムロヤは、少し勿体つけるような言い回しをして話を始めた。
「以前、年儀の会でお話した、出雲の国の不穏な動きは覚えておられましょうか?」
「ええ・・確か、出雲の東、伯耆の庄を鋼を持った者達が武力で治めようとしていると・・」
「はい。そのため、トキオ殿には、丹波を抜けて、伯耆へ様子を探りに行っていただいたのです。」
「その時から消息が判らぬといわれましたが・・」
「はい。実はその頃から、伯耆の庄の動きに変化があったのです。伯耆の庄に強き者が現れ、鋼を持った部族を退けたというのです。そして、その者が、今、出雲国を脅かしているのだと・・これは、若狭から来た者に聞いたのですが、伯耆の庄の強き者の名は、トキヒコノミコトと名乗っているようなのです。」
「トキヒコノミコト・・ですか。」
と、タケルは呟くように言って、はっとしてムロヤの顔を見た。
そして、
「まさか・・」と口にすると、ムロヤが小さく頷いた。
「ええ・・トキヒコノミコトとは、トキオ殿ではないかと・。」
「しかし・・そんな・・。」
タケルは思いもつかない事に驚き、どのようにしたら、あのトキオがそのような邪な事を成したのか、想像に絶えなかった。
「もし、そうなら、すぐに会いに行きます。」
と、タケルが言うと、ムロヤは首を横に振った。
「直接、会いに行くことを私も考えました。しかし、もし、トキオ殿であったとしても、名を変え、何も連絡してこないというが腑に落ちません。よほどの理由があるのではないかと・・。」
ムロヤが言うことは十分理解できた。
「その訳を知るためには、周囲の国々の事を正しく知ることが必要なのではないかと考えたのです。」
「わかりました。もしも、トキオであれば、何か訳があるに違いありません。それを確かめて参りましょう。」
「お願いできますか?」
「はい。」
その日はその館で休むことになった。
夜中、皆が寝静まった頃、後を追ってきた船が館に近づいてくる。それを見計らったように、館から出てくる者がいた。
次の日、タケルたち一行は巨椋池を上り、淡海に向かうことにした。淡海までの案内には、ミワという女性がついた。
「ミワ様は、淡海の国、志賀の郡(しかのこおり)の主、ナオリ様が、難波津や山城との絆を深めるため、ここへ遣したのですが、近頃になって、荷が滞るようになり、淡海の国で何か異変が起きているのではないかと心配しており、一度、鳰の浜へ戻りたいと申しておりましたので、タケル様達の案内役を担っていただくことしました。」
ムロヤは、ミワとともに、二人の大柄な船頭をつけてくれた。
館を出た船は、水路を伝って、北を流れる宇治川へ出た。そこから、淡海までは曲がりくねった川を上っていく。しばらくは、緩やかな流れで順調に進んでいった。徐々に、色づいた山が近づいてくる。しかし、流れは穏やかなまま。山と山の間に幅広い川が流れている。季節はすでに秋だった。
「ここは、天ケ瀬と呼ばれる地です。これより先は、宇治川から瀬多の川と名を変え、淡海の国へ入ります。」
谷筋はやや広がり、広い河原がある。
「このまま進んでも、鳰の浜へ着く前に日が暮れてしまいます。瀬多の川を暗闇で進むのは危のうございます。今日はここで休みましょう。今夜は河原にて眠ることになります。」
ミワがそう言って船頭に船を止めさせた。岸に着け、河原に降りる。
「この時期、夜は冷えます。火を絶やさぬように致しましょう。」
船頭は、すぐに船を出し川で漁を始めた。
ミワとヤチヨが、河原にある大岩を見つけ、身を休める場所と竈を作った。
タケルたちは、河原に落ちている枯れ木を集め薪を作った。火が起こされる頃には日が傾き始めている。山間は早く陽が陰る。徐々に冷えてきた。
船頭が取った魚をヤチヨが手早く捌き、串にさして焼き、食した。遠くに、同じように、河原のあちこちに、焚火の光が見える。
翌朝は靄が掛かる川を上ることになった。しばらく行くと、両側の山肌が遠のき、徐々に開けてきた。川はゆっくりと流れている。そして再び山が迫り、川幅が狭くなり、流れが強くなる。
「ここらは岩場や瀬が多く、難儀な場所です。」
船頭がそう言って、巧みに船を操り前へ進める。ただでさえ、早い流れを上るのは難しいのだが、さらに岩を避けて進むため、船頭の額には玉の汗が流れている。そこを抜けると、急に流れが穏やかになった。目の前の川幅が急に広がる。
「ここはもう淡海の湖です。」
ミワが言う。タケルたちは、目の前に広がる湖に心を奪われた。さざ波と葦の原、そして水面に浮かぶ多くの水鳥。まるで、時の流れが止まったような静けさだった。
「鳰の浜は左手です。まもなく着きます。」
遠く湖岸に背の高い館が見えた。船は滑るように走り、館を目指す。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント