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水槽の女性-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「猟奇的な殺人方法、高度なコンピュータ知識・・・この犯人は手強いな。」
一樹が言うと、剣崎が言った。
「そちらの方は、サイバーテロ犯罪対策課と特殊犯罪対策課のネット分野の専門家、それに犯罪心理学プロファイラーのチームが、捜査を継続しているわ。まだ、これといった手掛かりは出ていないけれどいずれ犯人を特定できるでしょう。」
「では、私たちは?」と亜美が訊く。
「あなた方には、被害者の特定をやって貰いたいのよ。あの画像から被害者を特定し、所在を突き止めるの。なぜ彼女が無残に殺されてしまったのか。きっと、そこには、犯人につながる何らかの証拠があるはずだから。」
「それで、レイさんの能力が必要という事か・・。」と、一樹。
「ええ・そうよ。レイさんの能力で被害者につながる情報を見つけ、矢澤さんにはその情報から、現場を特定してもらいます。矢澤さんには、今日から彼とバディになってもらいます。入って!」
剣崎の言葉に応えるように、作業室から大柄な男が入ってきた。
「カルロス・佐藤です。」
一樹も背は高い方だが、その男はトレーラーの天井に着きそうなほどの背丈があり、腕は亜美の胴体よりも太く、普通の人間とは思えないほどだった。名前から日系人だという事も判った。
「彼は、元、海兵隊員。それも特殊部隊に居たの。FBIにはそういう盾になる人材も豊富なのよ。」
「盾になるって!」と亜美が驚いた。
「日本の警察にだって、VIP警護のために、盾になる部隊があるじゃない。おかしなことじゃないわ。広く言えば、我々警察官だって、国民を守るための盾みたいなもんじゃない。あなたにはその覚悟は無いの?」
剣崎は亜美の甘い考えを見透かしたように言った。
亜美は、刑事課に配属された当初に比べ、明らかに度胸も座ってきたし、今回だってレイを守るために命をかける覚悟はあると思っていた。しかし、改めて、「国民の盾になる覚悟」と問われて、自分の甘さを痛感し、反論できなかった。
「被害者を特定すると言っても、過去の映像から、彼女の思念波をキャッチするなんて・・・・これまでとはあまりに違いすぎる。」
一樹は、レイが捜査に参加することに抵抗があった。
「大丈夫よ。昨夜、あなたたちはこの場所を特定したでしょう。あの映像からここの情報を得たという事は何よりの証拠。もっと、直接的に映像を見れば、さらに被害者の置かれている状況が判るはず。」
剣崎は、レイの能力を全面的に信じているようだった。
「しかし・・・。」
一樹は呟くが、剣崎は取り合わない。
「さあ、レイさん、始めて。何でもいいから、彼女から感じることを教えて。」
「判りました。やってみます。」
レイはそう言うと、目を閉じ、両手を胸の前に組んだ。その様子を見て、剣崎は部下に合図を送る。目の間の大型モニターに映像が映る。両手、両足を縛られ全裸の状態で椅子に座る女性。レイは、映像に向かい神経を集中する。歪な形だがその女性の思念波らしきものをキャッチできた。徐々に集中力を高め、思念波にシンクロしていく。レイの表情が歪む。おそらく、画面の女性にシンクロできたのだろう。
「暗闇・・目の前には、カメラと照明・・・周りは何も見えない・・・。」
レイは完全に女性とシンクロした。
「冷たい・・・いや・・冷たい・・止めて・・」
彼女が体験している状況がリアルに伝わる。その様子を見て、剣崎はレイの横に座ると、レイの手にそっと触れた。レイがピクッと体を動かす。レイの心の中に、温かな感覚が広がる。
『アンナさん・・アンナさんね?』
『ええ・・・お手伝いするわ・・・』
思念波を通じて二人は会話する。剣崎がレイの手に触れてから、レイは少し落ち着いた様子だった。
『もっと周囲を見て・・何か、その場所のヒントはない?』
剣崎が思念波でレイに問いかける。
『・・・駄目・・彼女が恐怖で心を閉ざしている・・・』
これまでのシンクロでは、相手は生きている人間だった。思念波をシンクロする事でレイは相手に語り掛け、状況を相手の目や耳の間隔から知ることができた。だが、今シンクロしているのは、映像である。こちらの呼びかけに反応するわけはない。
『とにかく、何でもいい。レイさんが感じる事を教えて!』
レイはさらにシンクロを強めていく。それは同時に、拷問にかけられている感覚も共有することになる。レイの顔がさらに歪む。全身を冷たい水が覆い、ぶるぶると震えている。
「レイさん、大丈夫?」
画面と同じように震えはじめたレイを見て、亜美が思わず声を掛けた。
「亜美さん、邪魔しないで!」
剣崎が厳しく咎める。画面は、熱湯が注ぎ込まれるシーンに移っている。レイの顔が再び歪む。
「熱い!止めて!熱い・・苦しい・・いやあ!」
そこでレイは意識を失った。レイの手を通じて思念波で語り掛けていた剣崎も、レイを通してその苦痛を共有した。剣崎の顔も青ざめてしまっていた。
「止めろ!止めるんだ!」
一樹が叫ぶ。作業スペースに居た生方が慌てて映像を止めた。
「尋常じゃない!」
一樹は机を叩く。亜美は気絶したレイをそっと抱き起す。剣崎も全身の力が抜けたようにぐったりしている。すぐに、気絶したレイを、会議スペースの隣室の簡易ベッドに、亜美が付き添った。会議スペースには、一樹と剣崎が残った。
「こんな事、止めるべきだ。レイさんをこれ以上危険な目に遭わせたくない。」
一樹は剣崎に言った。
「しかし・・事件を調べるにはこの方法しかないのよ。」
「だからって、強くシンクロすると、レイさんも命を落としかねない!無茶だ!」
剣崎は初めて、レイを通じてシンクロという体験をした。確かに、一樹の言う通り、尋常な感覚ではなかった。自分も命を落とすかもしれないと感じていた。

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