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偽名の男-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

マスターが話した通り、地元の高校生が行方不明になったのは事実だった。
当時、かなりの警官が動員され、周囲の聞き込みを行い、片淵亜里沙の足取りを調べていた。
週末の金曜日に、高校を下校してすぐに行方知れずとなっていた。足取りでは、高校を出て、繁華街の防犯カメラで姿が確認されたのを最後に判らなくなっていた。周囲には、幾つものブランド店が建ち並び、そこからわずかなところに映画館もあった。警察の捜査では、これらの店を全て調べたが、立ち寄った形跡はなかった。そして、有力な目撃情報もないまま捜査は打ち切られていた。
捜索願を出したのは、母親だった。シングルマザーだったようで、片淵亜里沙の身内はその母親以外にはなかった。そして、その母親も昨年亡くなってしまっていた。
「自宅とは反対の方角、何か予定があったのだろうか・・。」
母親からの聞き取りでは、特に、その日の予定は聞いていないと書かれている。
家出するような状況でもなかったようだった。
片淵亜里沙は、神戸由紀子とは違って、拉致された被害者に間違いない。
きっと母親以外にも、彼女の行方を追っていた人物はいるはずだ。例えば、高校の同級生はどうだろう。あるいは、付き合っていたような男性がいたかもしれない。もし、その男性が、MMという組織の事を知り、何らかの方法で、その糸口を見つけたとしたらどうだろう。EXCUTIONERは、そういう人物という事もあるのではないか。
一樹はウイスキーで少し酔っているのか、いつになく、発想が広がっていた。
一樹は会議室の机に、気になる所を開いて、捜査資料を広げていった。きっとこのどこかに、EXCUTIONERと繋がる情報があるはずだ。
「あの・・まだ、時間がかかりますか?」
捜査資料を持ってきた生活安全課の警官が、一樹に訊く。
「すみません。じっくり見たいので・・お構いなく。」
一樹がそう言うと、警官は何か言いたそうな表情を浮かべている。
「あの、なにか?」
「いえ・・実は、その事件について、以前にも調べたいという方が居られたので、もしかしたら、何か参考になるかもと思いまして・・。」
「え?この事件を調べたいと?どんな人ですか?」
「警視庁から来られたので・・ああ、この人です。」
その警官は、捜査資料の最後のページに記載されている氏名を指さした。
捜査資料の最後のページには、事件の関係者の名前の一覧が記載されている。そして、そのページの一番最後の欄には、「市原義男・捜査2課・警部補」と記載されていた。
「間違いありませんか?」
「ええ、身分証で確認しました。」
「警視庁が、この事件を調べにくるなんて変に思いませんでしたか?」
一樹は、警官に厳しい顔をして訊いた。
自分が訪ねてきた時はあれだけ慎重に対応したのに、この時は、身分証一つでパスしている。やはり、警視庁という看板は大きいのかと痛感していた。
「当時、ここらでは、行方不明になる女性が続いていたので、大きな事件になって警視庁が動いているのだと思いました。」
「1件だけじゃなかったんですか?」
「ええ、他にも未遂も含めて4件ほど発生していました。黒塗りのバンに女の子が乗せられているのを見たという通報はもっとありましたが・・ただ、行方不明の捜索願がでたのは、この1件だけでした。」
「他は?」
「家出した子とか、水商売の女性とかでした。」
「そうですか・・。」
「市原警部補には、一応、大きな捜査になっているのかと尋ねたのですが、慎重に再捜査をしている最中で、捜査情報を漏らすわけにはいかないと言われたので、それ以上の事は聞きませんでした。」
警官の回答は模範的だった。
だが、身分照会の際、どうして、きちんと確認しなかったのか、本庁に問い合わせていれば、すぐに偽名だと判るはずだ。いや、そこまで考え、情報も用意していたという事なのか、それならば、警察内部でもかなり中枢にいる人間に違いない。
一樹は、すぐに、亜美に連絡し、「市原義男」の身分照会を頼んだ。
暫くして、亜美から連絡が入った。
「市原義男という警官は、確かに居たわ。でも、捜査2課でもないし、警部補でもなかった。それも、5年ほど前に病気で退職していたわ。」
「彼はどこの部署に居たんだ?」
「ええと・・確か、情報管理部門に居たようね。」
「存在していたとなると、やはり、内部で情報操作しているということか・・。」
「その偽名の男って・・ひょっとしたら・・。」
と、亜美が言うと、
「ああ、おそらく。きっと、片淵亜里沙と一緒にいる人物の偽名。EXCUTIONERに違いない。一度、そっちに戻る。」
電話を切った後、一樹はもう少し捜査資料を読み込んだ。
「片淵亜里沙が通っていた高校は、かなりの進学校だったようだ。それに、部活も全国レベルのところばかりだ。片淵亜里沙は、成績は良い方だったみたいだ。やはり、家出するような状況とは思えない。何故拉致されたんだろう?」
一樹は、片淵亜里沙の交友関係をじっくり読んだ。そこに、ある男子生徒の名前があった。
「これは?」
行方不明になって、すぐに捜索願が出された経緯の中に、その男子生徒が片淵亜里沙の母親に相談したという記録があった。
「待ち合わせの約束をしていたのか・・。そこに現れなかったから、母親に。待ち合わせ?・・その日は、進学塾の模試があったからとあるが・・だが、塾とは反対の方角だよな。」
一樹はその男子生徒の名前を手帳に記した。
一通り、捜査資料を読み、必要な記録は取ったところで、署を出た。
舗道を歩きながら、街の様子をぼんやり見ていた。
橋川市とは随分と違って、派手な看板が立ちならび、にぎわっていて、ずいぶん遅い時間にも拘らず、若い男女があちこちで騒いでいる。
「あんな中にも、家出した娘とかいるのだろうか?」
一樹は、何だか、今回の事件にはこうした自由過ぎる社会にも原因の一端があるのではないかとまで考えるようになっていた。
一樹は、急いで品川駅に向かい、最終の新幹線で名古屋に戻った。

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