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偽名の男-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

最終の新幹線は意外と混んでいた。
「ああそうか、週末なんだな。」
一樹は、二人掛けのシートの窓際に座り、ふと呟いた。
「この中にも、家出した女の子とか、いるんだろうか?」
一樹は、キオスクで買った弁当を食べながら、周囲の様子をぼんやりと見ていた。
三島駅で大勢の客が降り、車内はかなりまばらになった。前方に、まだ中学生くらいに見える若い女性が座っている。
「まさか・・な・・。」
一樹は、少し、その女の子を心配しながらぼんやりとしていた。
暫くすると、客の様子と乗車券のチェックのために、新幹線のパーサーが回ってきた。
一樹から、極めて無表示に乗車券を受け取り、座席を確認し、チェックをした。そして、その後、前方に座っている女の子のところに行った。
パーサーは、お辞儀をして、女の子からチケットを受け取る。そして、改めて、チケットを女の子に見せながら、何か伝えようとしている。だが、小声のために、内容までは判らない。どうやら、乗車券のことで揉めているようだった。
そのうち、女の子は顔を伏せ、泣き始めたようだった。パーサーは困った表情を浮かべたまま、立ち尽くしている。
一樹は立ち上がり、パーサーの許へ行き、警察バッジを見せ、事情を聴いた。
「この御客様の乗車券は、先ほどの三島駅までだったんです。この先は、もう名古屋にしか停車しませんので、追加料金をお願いしたんですが、持ち合わせがないと申されまして。」
パーサーは随分困った表情を浮かべている。おそらく、名古屋までにすべての席のチェックを終えなければならない。この子にかけている時間はない。そういう事が表情からはっきりと判った。
だが、女の子は顔を伏せたまま泣き続けている。やはり、中学生か高校1年生くらいに見える。
「判りました。私が立て替えましょう。」
一樹はそう言うと財布から現金を出してパーサーに支払った。
「大丈夫です。名古屋駅に着いたら、親御さんに連絡しておきますから。」
一樹がそう言うと、パーサーは一旦引き上げて行った。
まだ、女の子は顔を伏せて泣いている。
一樹は仕方なく、彼女の隣の席に座った。女の子の扱いには慣れていない。どう切り出してよいか悩んだまま、しばらく黙っていた。暫くすると、女の子の鳴き声が止んだ。
「名前は?」
一樹は出来るだけ優しく訊いたつもりだが、女の子は体をびくっとさせて、顔を伏せたまま、口を開こうとしなかった。
「家出か?」
今度は女の子がかすかに顔を動かした。
やはりそうかと一樹は自分の想像通りの現実に落胆した。
「これは独り言として聞いてくれ。」
と、前置きして一樹は話し始めた。
「今、ある事件の捜査をしている。あまり詳しくは話せないんだが、家出した女性たちを集め、全身整形して、殺人や人身売買、売春、覚せい剤の販売などの凶悪犯罪をさせている組織があるんだ。」
一樹が話し始めると、女の子は少し興味を持ったようで、顔を一樹の方へ向けた。
「先日、その組織のアジトの一つが証拠隠滅のために爆破され、多くの女性が亡くなった。そう、家出した女性たちだった。」
女の子の顔色が変わる。
「だが、ほとんどの女性は、身元が判明しない。家出した女性たちは、本名など必要ない。そのうえ、整形されていては、身元を示すものなどない。おそらく、このままでは、身元不明者として、名前もなく、葬られることになる。」
その女の子は驚いて一樹を見た。やはり、まだ中学生のようだった。
「その女性たちはおそらくいろんな事情があって、家を出たのだろう。夢を叶えようと考えていた女性もいただろう。家に居られない事情があって逃げて来たという女性もいただろう。だが、結局、身元不明者となってしまった。」
その中学生は、徐々に、一樹の話の意味が理解できるようになった。
「女性たちの中には、拉致された女性もいたんだ。」
「拉致?」
と、初めて女の子が言葉を発した。
「ああ、無理矢理、連れて行かれた。・・その女性は、高校生だった。母親と二人暮らし、随分頑張って、進学校に入学し、これからという時に拉致された。行方不明になってすぐ母親が捜索願を出したんだが、広域の捜索活動でも見つからず、法的に死亡と判断され戸籍は抹消された。」
「死んだという事?」
その女の子が訊いた。
「ああ、だが、つい最近、その女性が生きていると判った。だが、母親は昨年死亡してしまったので、その女性は、母親に会いたくても、もう逢えない。」
感受性の高い中学生の女の子は、一樹の判りにくい説明でも、その事がどれほど哀しい事かを感じ取った様子で、急に、ぽろぽろと涙を溢した。
「一時的な感情で、無茶をすると取り返しのつかないことになる。」
一樹が言うと、女の子は、素直に頷いた。
「じゃあ、名前と住所を教えてくれ。」
女の子は、素直に名前と住所、連絡先を話した。
一樹は、車内で愛知県警に連絡をした。
名古屋に着くと、改札口に愛知県警の警官が数人待っていた。
「家出の事情は訊いていない。まあ、親子喧嘩くらいだと思うが・・。」
一樹が言うと、迎えに来た警官が答えた。
「先ほど親御さんと連絡が取れました。今、車でこちらに向かわれているようです。随分心配されていました。」
一樹は安堵した。
「ちゃんと家に戻れよ。」
一樹が言うと、その女の子は小さく頷いた。
その頃には、深夜2時を回っていた。アントニオに連絡をすると、すぐに名古屋駅西口に迎えに来た。既に、亜美は休んでいた。

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