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追跡-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「やはり、ここにはいませんでした。」
一樹は、剣崎の姿を見るとすぐにそう答えた。
剣崎は「そう」とだけ答えて、交番の中に入る。そして、先ほどまで石堂がいた奥の部屋へ入った。
「この部屋で何をされていたのかは知りません。重要な事件の捜査で情報漏えいをしない為、中を覗かないように、言われていましたので・・。」
警官が、言葉を言い終わらないうちに、剣崎が、「黙って、外に出ていて。」と言って、警官を睨みつけた。
一樹と亜美が、奥の部屋のドアを閉める。
剣崎は、注意深く部屋の中を見回し、石堂が座っていた辺りに手を置いた。そして、ゆっくりと目を閉じる。
≪石堂が座ってパソコン画面を見ている。手元には小さなUSBメモリー。一度それを取り上げ、カメラに映し出して、パソコンを閉じた。それからゆっくりと立ち上がり、姿が消えた。≫
剣崎たちが、トレーラーのモニターで見た場面だった。
剣崎は目を開ける。交番の奥の部屋には書棚が置かれている。法律関係の本や、事件判例集などが整理されて並んでいた。
剣崎は、それらの本に手を当てる。何冊か本を触っているうちに、突然、石堂の顔が浮かんだ。
剣崎は書棚から、古い辞書を取り出す。堅い函に入れられた辞書。剣崎はそっと辞書を引き出す。厚みのある辞書は、中央部分が少し内側に湾曲した形になっていて、函と本の間には空洞がある。剣崎が函を逆さまにすると、小さなUSBメモリーが転がり落ちた。
「これを見せて、頼みがあると言ってたわね。」
剣崎が摘まみ上げようとして、突然、強い衝撃が走った。
≪これって・・石堂の念なの?・・なんて強い。≫
そう感じた時、剣崎の頭の中に、駅前の映像が飛び込んできた。
≪長距離バスの停留所。目の前には片淵亜里沙が居て、涙を流している。石堂が視線を上げたのか、急に、映像は空の風景になった。そして、また、視線を片淵亜里沙に戻し、手を取って、何かメモを渡した。≫
石堂が片淵亜里沙を別の場所へ行かせようとしている光景だった。ふと、剣崎は頭に浮かんだ映像を巻き戻すように思い浮かべた。
≪視線が上に向く瞬間、バスのボディに映し出されていた行先を示す電光掲示板が見える。東名高速バス、名古屋行きと読めた。≫
片淵亜里沙は、名古屋へ向かったと判った。
「もう良いわ。出ましょう。」
剣崎は、そう言うと、一樹と亜美と一緒に交番を出た。
「石堂はどこへ行ったんでしょう?」
トレーラーに戻りながら、一樹が剣崎に訊く。
「おそらく、東。片淵亜里沙から少しでも遠ざかることが今の彼の目的。そうして、組織の人間を亜里沙から遠ざけたいと思っているはず。」
剣崎が答える。
「でも、彼自身、命を狙われているんでしょう?」
と、亜美が言う。
「覚悟の上でしょうね。少しでも時間を稼ぎたいはず。」
「石堂を追っている組織の人間は、確か、石堂のマイクロチップの信号を追っているんでしたね。」
「ええ・・そのようね。」
一樹は剣崎の答えを聞いて、歩きながら何かを考えているようだった。トレーラーが見えてくるころに、急に、一樹が立ち止まる。
「マイクロチップの信号がどれほどの性能かは判らないが、もし、始末人が、信号だけを追いかけているのだとすれば、人が少ないところに逃げればすぐに見つかる。雑踏の中の方が判りにくい。あるいは、高いビルの中とか、地下外のような電波が届きにくい所を選んで、動き回れば、そう簡単には見つからない。」
一樹はそう言うと、くるりと向きを変える。駅前は雑踏である。それに、駅前のデパートは高層、そして、その下には地下街もある。
「人通りが多ければ、その場で殺すなんてできないはず。無用に追いまわせば、騒ぎにもなる。そういう場所をきっと動き回っているはずだ。」
一樹はそう言うと、今来た道に戻っていく。
「なるほど・・そういう考え方もあるわね。・・紀藤刑事、一緒に行きなさい。」
剣崎はそう指示して、一人、トレーラーに戻って行った。
トレーラーには、レイが残っていた。
「亜美さんたちは?」
と、戻ってきた剣崎にレイが訊く。
「石堂は雑踏に紛れていると考えて探しに行ったわ。」
そう聞いて、レイは、窓越しに街を眺めている。
「私たちにもできることはある。一刻も早く、石堂を見つけ確保しなければ・・レイさん、協力してくれる?」
剣崎の言葉にレイは頷く。
剣崎は、交番で発見した小さなUSBメモリーを取り出し、テーブルに置いた。
「これは、石堂が残したもの。さっき強い衝撃を感じたの。おそらく、ここから彼の思念波を捉えられるはず。」
剣崎はそう言うと、右手でレイの手を握り、左手でUSBメモリーに触れた。ドンという衝撃に近い思念波を、剣崎もレイも感じた。憎しみやくやしさ、悲しみ、苦しさ、様々な感情が絡み合い、それはまるで大きな蟻塚のようだった。どこの穴からも、どす黒い感情が噴き出そうとしていて、触れる事すら許さない。片淵亜里沙の思念波は、ただ真っ暗な海の中を彷徨うような、小さな灯りのようなものだったが、石堂の思念波はもはや醜い生き物のように思えた。
二人は、観念という広い空間にいて、真ん中にある蟻塚のような思念波の塊を見ている。
≪これは何?≫
剣崎が、心の中でレイに訊く。
≪おそらく、あの真ん中には大事な想い出の塊があるはず。でも、それを悔しさや悲しさ、後悔などの感情が覆いつくし、もはや、コントロールできないほどになっているんです。≫
剣崎とレイの共通の観念の世界。レイは、ゆっくりとその塊に近付いていく。その様子は、まるで、迷子になった子どもを救いにいく天使の様に見えた。レイが近づくと、徐々にその塊が解れていく。外側を覆う醜い塊が剥がれ落ちて、徐々に光を発するようになった。
≪これが、彼本来の思念波なのね。≫

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