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1-1 収容施設 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

広大な敷地、周囲には深い森が広がっていて、外周道路には高いフェンスが張られ、監視カメラが設置されている。
 頑丈な門をくぐると、森の抜ける道が続き、幾つもの建物が建っている。外見は寄宿舎のようで、敷地内にはグラウンドや体育館のようなものまで作られている。
 中央の建物は、3階建てで、大きな学校のような造りになっていて、時計台も設けられていた。
 そこから回廊のように2階建ての建物が延び、スクエアになった中庭を作り出していた。
 中庭には芝生が広がり、幼児から成人に近い年代の子どもたちがいた。走り回る者、座りこんで何かをじっと見ている者、本を読む者、昼寝をする者、皆、思い思いに過ごしている。チャイムが響くと、皆、静かに建物の中に入っていく。
 中庭には、白衣を着た研究者たちが残り、皆が過ごしていた場所を丹念に調べている。そのうち、先ほど、幼子の一人が座り込んでいた場所に皆が集まった。子どもが座り込んでいた場所の周囲1メートルほどの範囲で、芝が枯れている。掘り返すと地面がコンクリートの様に固くなっていた。芝生の上を這っていた蟻も、まるで石ころの様に固くなっていた。研究者は、それを写真に撮り、固くなった土壌を掘り返し採取していった。おそらく、あの幼児は、無意識に周囲の物質をコンクリートの様に固めてしまう力を持っているに違いなかった。

 中央棟から左右に伸びる2階建ての建物は、子どもたちが暮らしている場所。いわゆる生活棟である。一人に一つの部屋が割り当てられ、生活に必要なものはおおむねそこに揃っている。だが、全ての部屋が同じではなかった。ある部屋は、壁の中を鉛で埋められていた。電磁波を自在に操る特殊能力を持つ者のための部屋だった。床や天井、壁の全ての面が耐火性が高いセラミックで出来ている部屋もある。発火能力を持つ者のための部屋だ。
 また、水族館の水槽に使うような極厚のプラスチックに囲まれた部屋もある。金属性のものを自在に操れる能力のある者の安全のためだった。皆、それぞれ、そこに収容されている子どもたちの特殊能力を想定した造りになっていた。
 全ての部屋は、24時間、モニター監視されていて、朝食から昼食までの間は、一般の子ども同様に学校の教育プログラムをこなし、昼食後には特殊能力を強化する訓練プログラムをこなすことが義務となっている。

 マリアは、ここへ来た当初は、中央棟に続く生活棟に居たのだが、特殊能力の為、ほかの入所者と触れ合う事は危険だと判断され、7歳になった時、中央棟から離れた森の中にある、孤立した建物に移された。
 彼女の能力は、人を自在に操ることができる”マニュピレーター”だった。
 幼いマリアは、自分の能力を認識していなかった。だが、いや、だからこそ、極めて危険だった。彼女を担当する研究者が何人も彼女の能力によって、命を落としていた。
 幼いマリアの機嫌を損ね、嫌われると、彼女はその研究者の意識に入り込んで、自殺へ追い込む。罪の意識はない。「自らがやったのだ」という認識がなかったからだった。
 彼女が能力を使う方法は至ってシンプル。
 対象者の手を握り、対象者の意識の中へ入り込み、自分の意識と同化する。そして、嫌っているという気持ちを強くぶつけるだけである。対象者は、自分自身の存在を呪い、自ら命を絶つ。
 そういう事が数度続いた時、マリアは、孤立した建物に収容されたのだった。
 以降は、モニター画面越しで、教育プログラムが提供される日々が続いていた。マリアは、成長とともに、強い孤独感を抱え、この収容所から一刻も早く抜け出したいと願うようになっていった。徐々に体調を崩したために、教育プログラムも一時的に中止され、外部との接触はさらに減ってしまった。

 ある日、マリアは、ベッドに座り、窓越しに外を眺めていた。すると、森の中を歩く若い研究者の姿を見つけた。
 男女二人の研究者のようだった。二人は森の中を散策し、楽し気に会話をしていた。周囲から隔絶する目的で作られた森は、通常は立ち入り禁止になっている。だが、二人はその規則を破り、森へ入った。そして、マリアの建物近くまで来ると、壁にもたれて座り、会話を楽しんでいた。話し声は、壁伝いにマリアの部屋にも届く。禁断の恋なのかもしれない。
 もう10歳になっていたマリアには、二人がどういう関係かぼんやりと理解できた。暫く、マリアは二人の会話に聞き耳を立てていたが、時折、声が小さくなり聞こえにくくなる。耳を研ぎ澄まして聞こうとした時、ふっと女性研究者の思念波を感じた。一瞬だが、彼女を通じて、一緒にいる男性研究者の顔や声を強く感じることができた。
 マリアは、この時、初めて自分の特殊能力を認識したのだった。自分は他人の意識の中に入り込むことができる。そして、他人を通して自分の体験を作ることができる。無意識にやっていた事を始めて確信し、それは最初、心が躍るほどの快感であった。閉じ込められている自分にとって、近くにいる他人の意識に入り込むことで、あたかも自分が体験しているように感じられる。
 マリアは、もう一度意識を彼女に集中した。直ぐに、彼女の意識にシンクロできた。
 その時、偶然にも、目の前には、男性研究者が居て、彼女にキスをしようとしていたところだった。マリアは驚いて、男性研究者を突き飛ばしてしまった。
 そして、立ち上がり周囲を見回す。
『これが外の世界なのね。』
 マリアは暫くそこに佇み、森の様子を眺め、鳥たちの声を聞いた。
『ここから出たい。自由になりたい!』
 マリアは強く願った。
「ここで、何をしている!」
 突然、声が響いた。
 施設の警備員が、森を巡回中に、男女の研究者を見つけたのだった。
 突き飛ばされ倒れていた男性研究者は、気が付いて、彼女を置き去りにして逃げて行った。女性研究者は、警備員に捕らえられた。
マリアは、彼女の意識から抜けだし、元の部屋に戻っていた。
 窓の外を見ると、女性研究者はその場に倒れ込んでいた。警備員がすぐに救急隊に連絡し、担架で運ばれていった。
 一時的に女性研究員の意識に入り、外の世界を垣間見たマリアは、以前にもまして、収容所から逃げ出したいという願いを強めていた。だが、一方で、そういうチャンスが来ることはないのだという事も判っていた。

 だが、その日の夜、驚くべきことが起きた。
 昼間、マリアが意識に入り込んだ女性研究者が、警備の目を盗んでマリアの部屋に来た。そして、何も言わず、マリアの部屋の鍵を開け、マリアを解放したのだ。
 女性研究員は、まるで、マインドコントロールされているかのような表情で、小さく「ここから出たい。自由になりたい。」と繰り返し呟いている。
 そして、マリアが部屋を出ると、マリアを連れて、森へ向かった。深い森を抜けると、高いフェンスがある。フェンスに沿って歩き、ゲートが見えるところまで来たとき、女性研究員は、不意に意識を失い、泡を噴いて倒れた。
『目の前のゲートをくぐれば、外に出られる。』
 マリアは、女性研究員にしたように、ゲートに居る警備員の意識に入れば、外に出られるのではないかと考えた。
 身を潜め、じっと様子を探った。
 警備員は4人居た。全ての人の意識に入るのは無理だった。だが一人になる時がチャンスだと考え、その時を待つことにした。
 マリアが部屋を抜け出したことはまだ気づかれていないようだった。夕方には、収容施設の研究員たちが帰宅のためゲートを通る。一定の時間が過ぎるとゲートが閉められ、警備員も一人を残すだけになった。マリアは、警備員が一人になったことを確認すると、不意に、警備員の前に姿を見せた。
「君は?」と、警備員が言い掛けた時、マリアはさっと警備員の手を取り、すぐに意識の中へ入り込んだ。そして、女性研究者の時と同様に「ここを出たい、自由になりたい」という意識を植え付ける。警備員は、容易くコントロールされ、マリアをゲートの外へ連れて行く。
こうして、マリアは収容所を抜け出す事に成功した。

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