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序 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

剣崎が去って、2年ほどが経った。
置き土産となった大型トレーラーは、港湾地区に土地を借り、置かれていて、アントニオが持ち前のコックの腕で、オープンカフェを始めていた。陽気な性格が功を奏して、ちょっとした若者たちのたまり場になっていた。一樹は、毎日のようにそこで、寝泊まりするようになっていた。剣崎が言った通り、一樹の住まいと言っても過言ではなくなっていた。今朝も、奥の寝室から起き出してリビングにやってきたところで、一樹はフリーズした。
「good morning!」
声の主は、剣崎アンナだった。
剣崎は、アントニオが作った朝食を美味しそうに食べている。一樹は、暫く言葉を失い、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「あら、美味しい朝食が覚めるわよ!」と、剣崎が口を開く。
「どうして?いつ?」
一樹は、混乱して、そう言うのがやっとだった。
「詳しい話は後でね。それより、レディの前でそんな恰好は失礼よ!」
剣崎に言われ、我が身を見る。昨夜、かなり酒を飲んで寝てしまったようで、一樹はパンツ一丁だった。慌てて寝室に戻り、着替えて出てきた。
剣崎は悠々とコーヒーを飲んでいる。
「さっさと朝食を済ませて!すぐに署へ行くわよ。」
剣崎はそう言うと席を立ち、アントニオに礼を言ってトレーラーから出て行った。一樹は、慌てて朝食をかき込んで、外に出た。黒塗りのベンツが止まっている。一樹が出てくると、カルロスがドアを開いた。乗り込むと、すぐに署へ向かった。橋川署に着くと、剣崎とカルロスは躊躇いもなく署内に入り、署長室へ向かう。玄関で亜美に逢った。
「えっ?!剣崎さん??」
亜美が思わずそう言うと、剣崎は亜美の前を通り過ぎながら、小さく手を振った。
「ねえ、どういうこと?」
亜美が、遅れて玄関から入ってきた一樹の腕を引っ張り、きつい口調で訊く。
「いや、俺もまだ聞いてないんだ。」
一樹はそう言うと、急いで階段へ向かう。亜美も一樹に続く。すでに、剣崎とカルロスは署長室の中に入ったようだった。
「失礼します。」
一樹がそう言って署長室のドアを開けると、そこには、新道レイの姿があった。
「来たな。」
紀藤署長はそう言うと、署長室のソファに座る。
剣崎、カルロス、一樹、亜美、レイもソファに座る。
「剣崎さん、ちゃんと説明してください。」
一樹が少し不満めいた口調で切り出した。
剣崎は少し笑みを浮かべて一樹を見る。以前よりも剣崎の表情が優しく見える。衣服もカジュアル担っているし、なにより柔らかいドレープのスカートを履いているためなのかと一樹は思った。
「相変わらず、せっかちね。久しぶりに帰って来たのに、お帰りなさいの一言もないのね。それじゃあ、女の子にもてないわよ。」
剣崎は少し茶化すように言う。それを聞いて、紀藤署長や亜美が笑う。
「いや・・しかし・・ええっと・・剣崎さんは探偵業を始めたんでしょう?いまさら、日本に戻ってきて何をするんです?それとも、何か事件ですか?」
一樹の言葉を受けて、剣崎は姿勢を正し、少し厳しい表情を浮かべた。
「人探しです。」
想定と少し違う返答に一樹は肩すかしにあったように感じていた。それを剣崎も感じたようだった。
「アメリカ政府の或る機関からの要請なの。ここからは、トップシークレットだから、聞いた以上は、必ず協力してもらいます。拒否すれば、命は保証されません。」
剣崎は冗談をいう様な人物ではない。最後の言葉には少し凄みを感じるほどだった。
「ちょっと待ってくれ。私は席を外そう。このまま話を聞けば、日本の警察全体の問題になる。アメリカ政府から正式な要請であればいくらでも協力するが、どうやら、そうではないようだ。」
紀藤署長が席を立とうとしたが、カルロスが立ち上がり、署長の方を掴んで座らせる。
「もう遅いですよ。私は常に監視されています。ここへ入ったこともすでに察知されています。」
剣崎はやや暗い表情を浮かべて言った。
「監視?」
一樹が剣崎を睨みつけて訊いた。
「最初、この人探しの依頼を受けた時は、穏やかな紳士が来たんです。写真を出して、この少女を探してほしいと。アメリカでは、拉致されたり誘拐されたりする子どもは、日本とは比べ物にならないほど多いの。だから、人探しの依頼は日常的にあって、すぐに見つかる場合もあれば、悲しい結果という事も・・・私の許へ訪れた紳士も、その少女の父親だろうと思って、気楽に引き受けたの。」
剣崎はそこまで話すと、目の前のお茶を一口飲んだ。
「その紳士は、詳しい情報は後日届けると言って帰ったの。数日後、再び、紳士がやって来た。手には紙袋を持っていた。そこに詳しい情報が入っているのだと思って、事務所へ入ってもらった直後、私は意識を失った。気が付くと、窓一つない部屋で手錠が掛けられた状態で椅子に座っていた。」
剣崎の話を、皆、無言で聞いている。
「そこは、かつて私が居た施設だとすぐに判ったわ。」
剣崎はサイコメトリー能力のため、幼い時、アメリカ政府の特殊機関に収容され、特殊な訓練を受けて育った。成人すると、FBIの秘密組織に入れられたのだった。
「部屋のスピーカーから、聞き覚えのある声が聞こえた。その組織のトップで、皆はトンプソンと呼んでいたけど、顔は知らない。常に、スピーカーで収容者に指示をしている人物。彼から、マリアという少女を探せと命じられたの。歳は10歳。」
「マリア?」
話をじっと聞いていたレイが口を開いた。
剣崎は小さなバッグの中から、写真を取り出した。アジア系の黒髪の少女、幼い顔立ちをしている。
「彼女にも何か特殊な能力が?」
と、一樹が訊く。剣崎は小さく頷く。
「通称、マニュピレーター。人を自在に操る能力を持っています。おそらく、レイさんの能力に近いものだと思います。相手の思念波にシンクロして、中に入り込み、自在に動かすようです。」
話を聞いていたレイが驚いた表情を見せた。確かに、思念波をシンクロさせて、会話をする事は可能だったが、相手を自在に操ることなど不可能だった。
「本当にそんな能力が?」
亜美が確かめるように訊く。
「その結果、彼女は施設を抜け出し、日本に入国しています。・・施設は厳重なセキュリティがあり、簡単には出ることはできません。だが、施設の職員を使い、外に出て、空港に向かい、飛行機に乗り、日本に到着している。何一つ持たない彼女がそこまでできたのは、全てこの能力があるからこそです。」
剣崎の話を聞きながら、マリアという少女はいったい何人を操ってこの日本まで来れたのかを、皆が想像していた。
「だが、なぜ、日本に?」
紀藤署長が訊く。
「彼女は、3歳まで日本に居ました。だが、両親を不幸な事故で失い、養護施設に入りました。その後、アメリカの特殊機関の施設へ移されています。」
「では、彼女の目的は、故郷へ帰るということ?」
今度は亜美が訊いた。
「それが、判らないの。すでに身寄りは居ないはずだし、3歳までの記憶で故郷へ帰りたいと思うのも不自然でしょう?もっと何か別の目的があるのかも。」
剣崎が慎重に答えた。
「彼女が日本に来たのは確かなのか?」
一樹が確認する。
「ええ、出国したと思われる空港の映像に姿が写っていました。その後、中部セントレア空港に向かった自家用ジェットに乗ったのだというところまでは判っています。」

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