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1-4 逃避行 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアは、ある日、トンプソン夫妻と一緒に、食料品調達のため、大型ショッピングセンターに出かけた。広いパーキングエリアに入ると、フレッドは出来るだけ入口に近い場所を探した。妻サラは最近、足を痛めていた。フレッドは、それを気遣っていた。ようやく、空きスペースを見つけると、ゆっくりと車を停めた。
車から降りた時、マリアは、何かが迫ってくるような感覚を憶えた。それが何かははっきりとは判らなかったが、嫌な感覚を持ったまま、ショッピングセンターの中へ入る。平日で、客はそれほど多くなかった。広い通路をショッピングカートを押しながら進み、目当ての商品を放り込んでいく。フレッドもサラもすっかり買い物に夢中だった。マリアは二人と並んで歩きながら、やはり、不穏な空気を感じていた。そして、それは徐々に近づいているようだった。
一通り、買うものを選んだあと、レジに並んだ。マリアは、レジの向こうに、さっき感じた不穏な空気を発する人物が数人集まってきているのを見つけた。見た事のある人物はいないが、明らかに、その人物たちはマリアへ意識を向けているのが判った。
『連れ戻しに来た。』
マリアがそう感じると同時に、レジの向こうだけでなく、背後からも近づいてくる人物を感じた。
このままでは捕まってしまう。周囲を見回すと、巨体の黒人の男達が連れだって歩いているのを見つけた。マリアは、フレッドとサラに気付かれないよう、巨体の黒人の男達に向かって走り出した。マリアの動きに気付いたのか、レジの向こうに集まっていた人物達が俄かに動き始めた。
マリアは、巨体の男の一人の手を握る。
『助けて!』
その男は急に立ち止まる。男が周囲にぐるりと睨みを利かす。
「おい!どうした?」
一緒に歩いていた男が声をかける。マリアはその男の手も握り、同じように『助けて!』と念じた。
もう一人の男も急に怖い形相に変わり、周囲を睨みつける。二人の巨体の男は、背を合わせるようにして立ち、その間に、マリアを隠した。
マリアを連れ戻そうとする人物たちが徐々に近づくが、巨体の男が仁王立ちして、マリアを守るようにしているのを見て、一旦、引いた。
巨体の男達はそのままマリアを連れて、ショッピングセンターを出ると、施設の職員と思われる人達が遠巻きに動きを注視している。
二人の巨体の男は、パーキングスペースに停めていた大型のピックアップトラックのドアを開き、マリアをひょいと摘まみ上げるようにして、シートに座らせる。そして、そのあと、二人も乗り込み、勢いよくフリーウェイに飛び出して行った。
『このまま、空港へ行って!』
ピックアップトラックを追って、数台の車がフリーウェイに乗る。
1時間ほど走ると、空港が見えてきた。空港の玄関に横付けすると、マリアは、シートにあった帽子を手にして、急いで降りる。巨体の男二人は、その場で意識を失った。
タイミング良く、玄関には、大型バスが到着し、大勢の子どもたちが降りてきた。空港の見学の一団のようだった。マリアと背格好も近く、直ぐに、マリアは、帽子を目深にかぶり、その集団に紛れ込んだ。
ピックアップトラックを追ってきた車から、バラバラと男たちが降りて来る。そして、ピックアップトラックに静かに近づき、中を確認する。
「いません。」
中を確認した男が、インカムで皆に伝える。周囲に散らばった男達は、空港を出入する人間を注意深く確認していく。そのころすでにマリアは空港のロビーにいた。
近くの学校の生徒たちが、野外学習の一つとして、空港見学に来たようだった。マリアの周囲にいる子どもたちの一人が、見慣れぬ者が紛れ込んでいる事に気付き、隣の子どもの腕を掴んで、何か伝えようとした。マリアはその動きに気付き、その子の手を握る。
『ここに居るのはあなた達の友達。』
その思念波は周囲の子どもたちにも伝わった。皆、マリアがそこに紛れている事をあっさりと受け入れる。
「さあ、皆さん、これからは、普段見れない、空港の奥へ入りますよ。」
先導しているのは担任の女性教師だった。隣にいる、イケメンのグランドスタッフがにこやかに対応しているので、少し顔を紅潮させている。子どもたちの集団にマリアが紛れ込んでいる事など気にも留めていない。
子どもたちの集団は、グランドスタッフに誘導されて、手荷物預かり所の奥にある扉から、荷物の運ぶエスカレーターの内部の部屋に入る。多くの人が働いている。タグを確認しながら、コンテナへ荷物が放り込まれていく。
通常の方法では飛行機に乗ってアメリカから出国することは難しい事は、マリアも十分理解していた。何とか、紛れ込む方法はないか。じっと周囲の様子を探る。
荷物を仕分けしている部屋のはずれに大きなドアがあった。見ていると、そのドアが大きく開いた。そして、大量の荷物を積んだカートが入ってきた。
「これは、自家用ジェットで海外へ行く人の荷物です。自家用ジェットに積み込む前に検査をしていたようです。」
案内のグランドスタッフが皆に説明した。
マリアはそれを聞いて閃いた。自家用ジェットなら乗り込めるかもしれない。目の前を通過していく荷物、ほんの少し隙間があった。マリアはそこにするりと入り込んだ。うまい具合に、荷物と荷物の間に体が収まると、上に乗せられていた布がマリアを隠した。
自家用ジェットに積み込む荷物は、その部屋を通り過ぎ、出発棟の一番端までやって来た。そこから、一旦、外に出ると、自家用ジェットの駐機場へ入った。
自家用ジェットの主は、ロックミュージシャンのようだった。幸運なことに行き先は日本のようだった。ジェット機の後部の荷室が開いている。そこまでカートは進むだろう。翼に近付いた時、マリアは荷物から出て、車輪の陰に身を潜めた。
暫く待っていると、ジェットの主らしき人物が、黒塗りのリムジンで登場する。その人物ガジェットのタラップのところに来た時、マリアは飛び出して、ロックミュージシャンの手を握った。
『私を日本に連れて行って!』
その思念波は、ミュージシャンの意識に入り込み、一度だけ、身震いした後、マリアを抱え上げ、ジェットに乗り込もうとした。
周囲には何人かの護衛やマネージャーが居て、彼のその行動を制止した。だが、その瞬間、マリアは強い思念波を発して、周囲の全ての人間の意識を掌握した。
マリアの能力は、機会を経るたびに徐々に強くなっていった。そして、それにマリア自身が気づき始めていた。
自家用ジェットは、無事、セントレア中部空港に到着した。格納庫に入る前に、乗客であるミュージシャンたちは降りた。マリアは一人、機内に残っている。
ジェットが格納庫に入ると、整備士たちが入ってくる。機内にも点検のため整備士が入ってきた。マリアは、操縦室に入り点検している整備士の背後から、そっと手を伸ばし、肩に触れる。
『私を空港の外へ連れて行って』
整備士は、手を止めた。そしてゆっくり立ち上がる。タラップを降り大きなコンテナを運んできた。タラップの下にコンテナを置くと、マリアを中に入れた。そして、そのまま、格納庫から外へ運び出し、専用の通路の前でコンテナの蓋を開く。マリアは周囲を警戒しながら、外に出る。そこからすぐのところに、タクシー乗り場があった。幸いな事に、タクシーを待つ乗客の姿は無かった。急いで、タクシーに乗り込む。
当のタクシー運転手は、後部座席に10歳の女の子が飛び込んできた事に驚き、不審に思って、周囲を見た。だが、大人の影はない。
「お嬢ちゃん、パパやママは?迷子かい?」
10歳の少女に訊く質問ではない。それほど、タクシー運転手はこういうシチュエーションに慣れていなかった。
マリアは、振り返ったタクシー運転手の肩に手を置いた。
『名古屋駅へ行って』
マリアの発した思念波で、タクシー運転手の表情が変わる。運転手は何も言わず、ゆっくりと前を向き、行先を名古屋駅にセットすると、発車した。
後部座席に座るマリアは、空港を出ると、うとうととしてしまい、少し眠った。ハッと気づくと、道路の上部に青色の看板が見える。そこには「Nagoya.st(名古屋駅)」という文字が見えた。

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