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6-3 変貌 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「伊尾木氏が磯村氏になっていたとすると、彼は、自分と同じように、特別な能力を持つ者をマーキュリー研究所に送る役割を担っていたことになります。そんなことがあるのでしょうか?」
亜美が、ルイに訊く。
「あえて、その立場にいることで、追跡の眼をかわす。そうとは考えられませんか?」
今度は、ルイが亜美に訊いた。
「神林教授の助手だった磯村氏になりすまして、周囲からの疑念を抱かせないということですね?」
今度は、リサが言った。
「亜美さん、私を一度、磯村氏に会わせていただけませんか?」
ルイが、驚くべきことを申し出る。
「磯村氏に?」
と、亜美が驚いて訊く。
「ええ、私は、伊尾木氏であるかどうか、判ります。」
「でも、彼は、精神を病んでいてまともに話もできないようですが・。」
「その真偽も確かめられるはずです。彼は、高度な知的レベルにあります。仮に、IFF研究所を閉鎖する為、誰かが策略したのなら、彼はそれをいち早く察知し、保身のため、精神を病んだように見せているのかもしれません。」 
「しかし、健一氏が会わせてくれるかどうか・・。」
「大丈夫です。顔を見なくても、きっと判ります。」
「しかし・・。」
亜美は、レイが拉致された今、ルイまで今回の件に巻き込むことに躊躇していた。
「レイのためにも、一刻も早く、この謎を解く必要があります。大丈夫です。」
ルイの力強い言葉に押されるように、磯村氏に会いに行くことが決まった。
三人の話を聞き、紀藤署長も同行すると言い、紀藤署長の運転する車で、浜松の磯村氏を訪ねることにした。途中、磯村健一氏に連絡し、以前に会ったピアンで待ち合わせすることにした。
四人が到着した時、すでに健一氏は、ピアンの奥の部屋に来ていた。亜美とリサが奥の部屋に入り、紀藤署長とルイは、客を装ってテーブルに着いた。
「健一さん、幾つか判ったことがあります。ただ、これは、勝氏に関わる重要な事ですから、出来れば真偽を確認してからお話ししたいのですが・・。」
奥の部屋で、亜美は健一氏に切り出した。
「はあ・・父に関する重大な事・・ですか。」
健一氏の様子が先日とは随分違って見えた。初めて会った時、彼は小心者で絶えずどこか警戒するような態度で口調の少しヒステリックに感じられた。
だが、今回は、随分と落ち着いていて、口調もゆっくりで周囲を気にする様子もない。どちらかというと、二人の訪問を快く思っていない様な、どこか拒絶する空気を出していた。
「あの・・何かありましたか?」
気になって、リサが訊いた。
「いえ、特にこれといったことは。ここ数日、父は随分落ち着いていますし、譫言もしなくなりました。傍に居る者としては、安心しているところです。事件のことも今更どうにもならないわけですし、父さえ落ち着いて普段の暮らしができるなら、そっとしておいたほうがいいんじゃないかと思うところです。」
やはり、彼は別人のようだった。
「では・・IFF研究所の件はもう良いとおっしゃるんですか?」
亜美が確認するように訊いた。
「まあ、そんなところです。」
亜美もリサも拍子抜けした感じで、少し沈黙した。
店内にいたルイは、テーブル席でじっと目を閉じたまま、意識を奥の部屋へ向けていた。紀藤署長はその様子を心配気な表情で見ている。
ルイは、磯村健一氏の思念波とシンクロしようとした。
レイほどの能力ではないが、至近距離であれば、相手の思念波を掴むことは難しくない。ルイの脳裏にぼんやりと、磯村健一氏の思念波の形が浮かんできた。
「えっ!」
ルイは、小さく一言発すると、目を開いた。そして、目の前のコップの水を飲んだ。
「どうした、ルイ。」
紀藤署長が声をかける。
「彼は・・一体、何者なの?」
ルイは小さな声で言うと、じっと奥の部屋の方を見つめた。
奥の部屋では、亜美が沈黙を破るように健一氏に言った。
「勝さんが落ち着いていらっしゃるのなら、一度、会わせていただけませんか?」
「父に・・ですか?」
健一氏は明らかに拒否するような口ぶりだった。
「ええ・・実は、勝氏は、本当は別人ではないかという疑いが浮上してきたんです。」
「別人?・・何を言われるかと思えば・・間違いなく、私の父です。幼い頃からともに居るのですから間違いありません。」
確かに、健一氏の年齢からすると、おそらく、勝氏と伊尾木氏が入れ替わった後に、健一氏は生まれたはずだった。おそらく、それ以前の勝氏の事は何も知らないはず。それなら、彼がそういうのは無理もない事だった。
「あなたがお生まれになる前、勝氏はどこで何をされていたか、ご存知ですか?」
亜美は敢えて訊いてみた。
「いや・・聞いたことはありません。母も若いうちに他界しましたから・・それを知っているのは父本人だけでしょう。」
おそらくこれ以上話しても、勝氏に会わせてくれることはないのだろうと亜美は思った。二人の話を聞いていたリサが口を開く。
「もし、目の前にいる親しい人が、全くの別人で、過去に犯罪に手を染めていたとしたらどう思いますか?」
それは、リサ自身のことだった。
「他人になりすましているということですね。まあ、父ならそういうことは充分にあるでしょう。だいたい、IFF研究所も怪しいところでしたし、あんな事故が起きたり役員が死んだりしたんです。まともなところとは思えない。今の父も充分に罪深い人ですから、過去に何があっても驚いたりしません。それより、今、落ち着いて日常が過ぎていくなら、それで充分です。・・もうIFFの件は終わりにしてください。」
健一氏は、そう言って席を立った。
あれほど切羽詰まった様子で、IFFの事件の事を再捜査してほしいと言った健一氏だったのが信じられない変貌ぶりだった。
亜美とリサは、ただ、そのまま健一氏が立ち去るのを見送るしかなかった。
部屋を出てきた健一氏は、すっと、ルイの方を見た。そして、一瞬、睨み付けるような視線を送って、ゆっくりと店を出て行った。少し遅れて、亜美とリサが部屋を出て来た。そして、紀藤署長とルイが座っている席に来て、横に座った。
「なんだか不思議な感じ。まるで別人だったわ。勝氏に会うどころか、今回の件は一刻も早く忘れたいような感じだったわ。」
亜美が不満を口にした。そして、マスターにコーヒーを注文した。
「別人よ。」
亜美の言葉を聞き、ルイが小さな声で言う。
「えっ?どういうことですか。」
ルイの言葉を聞いたリサがルイに訊く。
「彼の思念波を捉えようとしたの。でも、彼の思念波は厚いベールに包まれた状態だった。」
「どういうことですか?」
今度は亜美が訊いた。
しかし、ルイの様子がおかしい。急に顔をしかめ、ふらふらとして椅子から落ちそうになり、隣にいたリサに何とか支えられた。
「随分疲れているようだ。一旦、橋川へ戻ろう。」

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