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6-4 殻に包まれた思念波 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美たちは、ルイの自宅へ戻ると、寝室のベッド部屋で、ルイを休ませることにした。
「ルイさん、大丈夫かしら?」
亜美はルイを心配して言った。
「ああ、大丈夫だ。遠出をして疲れたんだろう。少し休めば・・。」
紀藤署長はそう言いながら、寝室の方を見て心配そうな表情を浮かべていた。
「健一氏は、別人だったわ。ルイさんもそう言っていたし・・。」
リサも紀藤署長も、ルイが言ったのを聞いていて、頷いた。
「どういうことなんだろう?」
紀藤署長が言うと、亜美が答えた。
「何か不都合なことを隠しているという感じでもなかった。本当に、以前に会った健一氏とは別人。もし同じ人間だとしたら、この数日の間に、途轍もない事が起きたんじゃないかしら?」
「確か、磯村勝氏は精神に異常をきたして、まともに会話できる状態じゃないと言っていたよな。まさか、勝氏が亡くなったとか・・。」
と、紀藤署長がぼんやりと話した。
「それでも、やはり、IFF研究所の件は気になるはず。真実を知りたいと言っていたのは間違いないんだから。今になって、どうでもいいなんて言う人とは思えない・・。」
リサは、夕食の準備をしながらキッチンで二人の会話を聞いていた。
「落ち着いて日常を過ごしていると健一氏は話していたけれど、そんなに回復することがあるんでしょうか?」
リサが、キッチンから、二人に訊く。
「実際、どれほどの状態だったか、私たちは見ていないし、そもそも、精神に異常をきたしていることも真実かどうか・・・。」
と、亜美が健一氏との会話を思い出しながら言った。
「しかし、重要な書類をお前たちに預けて、事件の真相を調べてほしいと言ったんだろ?」
と、紀藤署長が言うと、
「そうなのよね・・。」
と言って、亜美がソファに寝転んだ。
頭の中にいろんなことが溢れてしまって、収拾がつかなくなった様子だった。
「ちょっと、ルイの様子を見て来る。」
紀藤署長はそう言うと、寝室へ向かった。
紀藤署長がリビングを出た時、リサが夕食の支度を整えて運んできた。
「ありあわせのものしかありませんでしたので・・。」
リサはそう言って、ダイニングテーブルにいくつかの料理を並べた。
すぐに、紀藤署長は、ルイを連れて戻って来た。
「ごめんなさい。もう大丈夫よ。」
ルイはそう言いながら、テーブルに着いた。
「あら美味しそうね。」
倒れそうだったルイだったが、少し休んで回復したようだった。目の前の食事を皆で囲んで食べた。
それから、ソファに移り、コーヒーを飲みながら、ルイは、皆に、健一氏にシンクロした時の体験を話し始めた。
「あんな体験、初めてだったわ。一人の思念波が、分厚い殻の中に閉じ込められている。そして、その殻は、間違いなく別人の思念波が作り出したものだった。」
亜美たちは、ルイの話を理解できなかった。
ルイは、健一氏の体から発する思念波にシンクロした時の様子を映像で見ていたのだった。娘のレイは、思念波を光として認識していたが、ルイは、色の束の様なものとして認識していた。
「おそらく、健一氏の思念波・・人格はその殻の中で眠っている。そして、彼に代わって、伊尾木氏が健一氏になっている。帰り際に、真相を追及するなという警告を私に送ってきたのが証拠よ。」
ルイの言葉に、亜美も、リサも、署長も驚いて声も出なかった。
しばらくして、紀藤署長が口を開いた。
「たぶん、亜美たちが、健一氏に最初に会った時はまだ彼自身だっただろう。純粋に、父の様子を見てただ事ではないと感じ、あなたたちに捜査の協力を申し出た。伊尾木氏は、健一氏がそういう行動に出るとは予想していなかったんだろう。そのことを知って、健一氏の体を乗っ取った。・・よほど、調べられては困ることがあるんだろう。」
亜美やリサも同意する。さらに、紀藤署長が言った。
「ルイさんに警告したことから、かなり重要なところまで迫っているということに違いない。」
「磯村勝氏になりすましているのは、伊尾木氏で確定ですね。じゃあ、本物の磯村氏はどうしたのでしょう?まさか、伊尾木氏が殺したんでしょうか?」
リサが疑問を口にした。
「磯村氏は、神林教授の研究内容を知っていた。研究室が閉鎖された後、磯村氏は何処に行ったんだろう?磯村氏は、イプシロン研究所にはいなかったんですよね。」
今度は亜美が疑問を口にした。
「ええ・・おそらくいなかったはずです。」
ルイはその頃のことを思い出してみた。
イプシロン研究所には多数の研究者がいた。すべてを知っているわけではないが、当時、日本からの研究者は僅かだった。その中には、磯村という名の研究者は居なかった。年齢的に自分より年上であり、経歴を考えると、重要なポストに居てもおかしくなかった。
父・神林教授、その助手だった磯村勝。
ルイがいたイプシロン研究所の被験者だった伊尾木。
何処に接点があるのか。どうやって入れ替わったのか。最大の謎が全く解明できていなかった。
「父の研究記録を見直してみましょう。磯村氏と伊尾木氏の接点が見つかるかもしれません。」
ルイの申し出で、地下室の研究記録を見返してみることになった。
記録ノートを丹念に見返していくと、研究途中で、情報漏えい事件があったことが判った。
世間からあまり注目されていなかった神林氏の研究だったが、実の娘ルイを使った実験の様子が週刊誌で面白おかしく報道された。そこには、実験の詳細が書かれていて、紛れもなく、助手の誰かが、記録を持ち出したことを示していた。
「その時の記録に、磯村氏の名前が書いてあるわ。」
ルイが記録ノートを広げて言った。
「研究室が閉鎖されたのは、この報道から間もなくだったようね。」
今度は、亜美が別の記録を見つけて言った。
研究室では、週刊誌の報道で助手の中で不信感が広がり、磯村氏が情報漏えいの犯人と決めつけたようだった。
「ほとんどの助手は、別の研究室に移ることが決まっていたけど、磯村氏だけは行き先が決まらなかったみたいね。実家に戻ったのかしら?」
ルイが記録を見ながら呟いた。
記録の中にある磯村氏の経歴書を探す。
「彼の実家は・・滋賀県長浜市・・・ですね。」とリサ。
「ちょっと待って・・・確か、伊尾木氏の生家も確か、滋賀だったはず。」
ルイが、自分の記録ファイルから伊尾木氏の書類を広げて確認する。
「やっぱりそう、長浜市よ。」とルイ。
「二人は同郷だったということでしょうか・・。」と、リサ。
「それが偶然なのか、それとも、二人に以前から接点があったのか。確かめる必要がありそうね。」
と、亜美が言う。
「長浜へ行きましょう。」とリサが言う。
すぐに必要な書類をもって、リビングに戻った亜美は支度を始めた。
「おいおい、どうしたんだ?こんな時間に。」
リビングで、既に休む支度をしていた紀藤署長が驚いて訊く。
「磯村氏と伊尾木氏は、滋賀、長浜の生まれなんです。きっと、二人は以前からの知り合い。入れ替わった理由もきっと判ると思うの。これから、行きます。」
「明日にしなさい。今から行ったところで、話を訊く相手もいないだろう?しっかり休んで行った方が良い。」
紀藤署長は、躍起になっている亜美を鎮めるように言った。
既に、夜中12時を回っていた。

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