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9日目④琵琶湖疎水 [琵琶湖てくてく物語]

なぎさ公園の中を歩く。琵琶湖ホテル、ラウンドワンを横目に見ながら進む。
前方に、大きな船が停泊している。びわ湖ミシガンクルーズの船だ。
滋賀に転居して比較的早い頃、ミシガンクルーズの乗船券をいただいたので、バラの咲く時期が良いだろうと、5月の末に乗船した。ランチバイキングだったので、つい食べ過ぎてしまった。ミシガンは赤いパドル(外輪)が動力の日本では数少ない外輪船だ。この船、どこかで見た事があると思ったら、東京ディズニーランドのマークトウェイン号と似ている。勿論大きさが段違いにミシガンの方が大きいし、実際に、エンジンでパドルを動かし、航行しているのだから比べることは無意味かも知れない。しかし、雰囲気は同じ。非日常を体験するにはちょうど良い。乗船した日は、天気が良く、琵琶湖から比叡山や比良山が見え、快適だったのを覚えている。
大津マリーナを越えた辺りでちょうど昼になった。天気が良いので、どこか公園にでも行って昼食にしようと考え、最寄りのコンビニを探す。大通りに戻ると、ローソンがあった。おにぎり?サンドイッチ?いろいろ考えたが、体を温めた方が良いと思い、カップラーメンにした。こういう時、外れがないのはカップヌードル。昔、日清食品の方とお会いした時、カップヌードルは完全食品を目指していると聞いたことがある。真偽のほどは判らないが、1か月間カップラーメンだけで生活した人が、栄養不足になることもなく、健康を維持できたのだとも聞いたことがあった。勿論、食事は栄養価だけが大事なのではない。楽しみとか刺激とか、そういった人間臭いものがなければならない。ただ、もし、大災害などでとにかく命を繋ぐためであればカップヌードルは価値ある食品だろう。まあ、味も多様にあるし食べ方も工夫すれば、毎食カップヌードルでも大丈夫かもしれないが・・。
と考えているうちに3分たってしまうので、お湯を注いで、ローソンを出た。湖の畔が良さそうなので、浜大津4丁目の信号を渡って再び大津マリーナのある方へ向かった。だが、これといった場所が見つからず、ちょっと北側の高い建物前に小さな公園を見つけたのでそこで食べることにした。すでに3分を経過している。やや伸びている感じはするが、温かさが身に染みた。体が温まったところで再び歩き始める。
大通りに出て北へ行くと、すぐに橋があった。橋の上から西の方角を見ると、大きな煉瓦造りの水門がある。琵琶湖疎水の取水口だ。
明治18年、京都府知事北垣氏の発案により、5年の歳月をかけ、人力での工事で、全長2436mの第1トンネルが完成。20年後には第2トンネルも完成し、京都発展の礎になったものだそうだ。
維新からわずか18年。ちょんまげ姿の人達から散切り頭へ代わり、西洋化が急ピッチで進んだ時代。琵琶湖疎水だけでなく、あらゆるものが大きく変革した時代に生きた人々には強い憧れがある。それまでの価値観を壊し、未来へ向けた希望のみがエネルギーだったに違いない。
山口県生まれの私は、そういうものへの憧れが強い。今あるもの、目の前で当たり前とされている事の全てを疑い、新しい考え方や価値観を見つけることこそ、生きる意味だと、中学生だった私に教えて下さった先生が居られた。
その先生は社会科の教師だった。決して人格者でも道徳者でもなかったが、権力とか、体制とかそういうものを毛嫌いしていた。
テレビやラジオの報道も鵜呑みにするな。所詮、報道は事実を一面的に捉えているに過ぎない。自分の頭で考えろ。と事あるごとに話されていた。
明治維新でさえ、全てが素晴らしいことではない。政権を取るために、長州藩が何をしたのか、本当にそれが正しかったのかと疑ってみろと言われた。
還暦を迎えた今でも、その思考は強く残っていて、時々、いや、結構な頻度で、トラブルを生むことがあるように思う。
ただの「天邪鬼」ではないのかと言われたら、そうかもしれないが・・。

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