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10日目③真野浜 [琵琶湖てくてく物語]

堅田ふれあいパークの前を通り過ぎると、伊豆神田神社。伊豆神社と神田神社の合祀らしい。路地のような道を進んで、琵琶湖大橋のたもとに出て、下を抜けて、道の駅米プラザに到着した。小休止。道の駅米プラザの南のはずれ、駐車場の中に入ると、琵琶湖大橋を真下から眺めることができる。ここで写真を1枚。
米プラザ駐車場わきの道路を北へ進むと、少しばかり民家の間の狭い道があり、そこを抜けたところで、真野川に出た。
橋を渡ると、真野浜水泳場。真野川が作った砂州が続く。湖岸沿いを進むと、小さな港があった。住宅地を回り込むようにして、再び、大通り(高島大津線)へ出た。しばらくの間歩道を歩く。そろそろ、腹が減ってきた。コンビニ、すき家、ラーメン店、いろいろあるが、天気が良いので、バローで弁当を買って食べることにした。
バローを出て適当な場所を探す。
どこか、湖岸に出られるところはないか。大通り沿いの歩道を北へ。だが、湖岸に出る道が見つからない。結局、30分近く歩いてしまった。WESTマリーナ・オリーブの看板を過ぎたところで湖岸が見えたので、入ってみたら、「マルゴ水産」の敷地に入り込んでしまった。土曜日で、会社は休業のようだったので、失礼して、脇から湖岸に出させてもらう。(すいません、不法侵入ですね)
水路に降りて、適当な石に座って昼食をいただく。ちょっとした木々が生えていて、意外に気持ちいい。水路の向こう側は、おそらくオリーブの中にある、オープンデッキのようだ。冬場でお客さんはなさそうだった。15分ほど滞在して、再び歩き始める。
少しだけ大通りを歩くと、脇道に入った。
ちょっと変わった通りだと感じた。立ち並ぶ家が少し変わっている。いくつか新築もあるようだが、古い家もある。だが、それは、近江一帯でみられるような、弁柄塗の日本家屋ではなく、どちらかというと、築30年くらいの新建材で建てられたような家が、不規則に並んでいるのだ。長い塀が続くような御屋敷も混ざっている。家の向こう側は琵琶湖湖岸。別荘地として売り出されたのだろうか。ログハウスがあるのを見て、やはり、ここはかつて別荘地として売り出されたのだと推察できた。四つ角に出たので、右手の道で湖岸に向かう。保養所のような建物もある。大きな建物が見えてきた。・・いわゆる新興宗教の一つ、「〇〇の〇学」だった。人影はない。足早に通り過ぎる。そこから先には、湖畔のレジャー基地がいくつも並んでいて、湖岸には近づけない。
琵琶湖は国定公園だ。はじめ、琵琶湖国定公園は、琵琶湖全域だと思っていた。しかし、この場所のように、湖岸まで私有地化されているところが実に多い。琵琶湖が国定公園化されたのは1950年で、まだ、戦後復興の途中である。そんなころから、湖岸はすでに私有地化されていたのかと思っていたら、どうやら事情が違っていた。国定公園となっているのは、琵琶湖の一部地域であって、普通地域も多い。先回歩いてきた、大津あたりの湖岸でも、公園化され護岸工事などもされている場所があり、私有地になっている場所もある。(反町隆史の別荘も湖岸にボートが着くようになっている)国定公園というのは、国立公園に準じる景勝地として自然公園法に基づいて環境大臣は指定した公園らしく、その管理は都道府県にゆだねられているらしい。なんだか、割り切れないのは私だけだろうか。瀬戸内に生まれた私としては、海岸は誰の所有物でもなく、漁業権はあったが、立ち入りできる場所ばかりだったので、海や湖、川などはそういうものだと思っていた。だが、よく考えれば、「プライベートビーチ」と言って、ホテルが所有する海岸というのはどこにでもある。土地の所有というのは、なかなか奥が深い。
つまらないことを考えていたら、川に出た。和邇川だった。

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