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1-9 釈放 [アストラルコントロール]

「否定するというんだな。」
山崎警部は、当然だろうなという表情を浮かべて、ちらりと五十嵐のほうを見た。五十嵐もわかっていた。
「では、本当のことを話してくれるまで、被疑者として勾留させてもらうことになりますが、良いですか?」
山崎警部は、なんの感情も見せず淡々と言った。
拘留の期限はおそらく3日ほどだろう。とにかく、その間は、とにかく耐えるしかない。
「目撃証言はかなり有力な証拠だから、拘留期間はかなり長くなりますよ。それまで耐えられますかね?」
山崎警部は、零士の心の中を見透かすように言ってから、取調室を出て行った。入れ替わりに警官が入ってきて、零士を留置場へ連れて行った。
次の日も次の日も、同じ尋問が繰り返された。
「彼女の証言以外に、何の証拠も出ていないんでしょう。」
零士は、冷静に言った。尋問する山崎警部のほうが疲弊していた。
結局1週間拘留されたものの、本田幸子の証言以外に何も物的証拠が出て来ず、周辺の聞き込みが繰り返し行われたが、何も出ず、大量に集められたコンビニなどの防犯カメラ映像からも、零士の姿は見つからなかった。
「さすがに、被害者の証言だけで彼を犯人にするには無理があります。」
聞き込み班に回っていた武藤が、山崎警部に進言した。
「確かな動機もありませんし、凶器も彼に結びつける根拠もありません。確か、片岡優香は一撃で殺されています。素人とは思えないと解剖医からの意見書もあります。釈放するしかないでしょう。」
五十嵐も、山崎警部に進言し、結果的に、零士は釈放された。
警察署の玄関まで、五十嵐が付き添ってきていた。
誤認逮捕という事実だけが残る結果に、五十嵐も戸惑いを隠しきれない。
「あの、一つ伺ってもいいですか?」
と、玄関を出たところで、零士は五十嵐に尋ねた。
「なにか?」
五十嵐は明らかに戸惑っていた。
「いえ、今回の事件、通り魔の犯行なんでしょうか?」
「どういうことですか?」
零士の口から出る言葉とは思えず、五十嵐は驚いて訊きなおした。
「いえ、犯人を見たと証言した本田幸子さんは、なぜ、私を見たと言ったんでしょう?冤罪だと分かるのは明らかなのに。本当に誰かに刺されたんでしょうか?」
五十嵐には、零士の話が全く理解できなかった。
「彼女と片岡優香さんの関係を調べてみたんでしょうか?
「どうしてそんなことを?」
「いえ、ゴシップ記事で食ってきた身にすれば、真実は途轍もなく意外なところにあるなんて日常茶飯事でしたから。見方をひっくり返してみると、意外に真実ってシンプルだったりするんですよ。」
警察署の玄関前にあるバス停の椅子に座り、零士は続けた。
「警察は、こういう事件が起こると、無差別に殺人をする凶悪な犯人がいると仮定して捜査を始めるところがあるでしょう?まるで、新聞報道の見出しに引っ張られるように、社会にアピールできそうな犯人像を作り上げてしまう。被害者は善人で、無慈悲に命を奪われた、なんて格好がつくから。」
五十嵐には、零士が言う通り、事件発生直後から、「女性二人が深夜に襲われた」という言葉が呪文のように捜査を縛っていたように思えた。
「でも、これが心中事件だったらどうですか?本田幸子が片岡優香を殺して自分も死ぬつもりだったなんてこともあるでしょう。あるいは、被害者である本田幸子自身が、片岡優香へ強い殺意を抱いていて、計画的に準備を進めてきたんだと見たら、捜査の方向は全く見当はずれということになりませんか?」
あまりにも唐突な展開に五十嵐は戸惑って、反応すらできないでいた。
「アイスピックで首筋を一突きで殺すなんて、何度も何度もシミュレーションしていたかもしれませんよ。そして、自分の胸に突き立てたアイスピックも、致命傷にならない場所を選んでいたとも考えられませんか?彼女の周辺を洗いなおしてみたらどうですか。きっと真実が見えてくると思いますよ。」
零士はそういうと、やってきたバスに乗り込んだ。

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