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1-10 気づき [アストラルコントロール]

「どういうこと?死にかけた彼女が犯人だっていうの?そんな・・。」
五十嵐はそう呟いたものの、確かに、病院での彼女の供述は不自然なところが多かったのを思い出した。始めは記憶があいまいだと言いながらも、途中から急に、射場零士を目撃したと確信をもって証言した。それに、その間、犯人に対しての怒りや、亡くなった片岡優香への悲しみといった感情はどこか欠落していたように思える。
射場零士が言うように、彼女が計画的に片岡優香を殺害したのだとすると、妙に納得できる。ただ、それを山崎警部に進言する勇気はなかった。
捜査本部に戻ってからも、五十嵐は、射場の言葉が気になって仕方なかった。
「ちょっと待って。射場はどうして片岡優香の殺害方法を知っていたの?それに、本田幸子が致命傷でなかったことも・・それって、やはり犯人しか知らないことよね。」
そこに気づくと、五十嵐は慌てて立ち上がり、捜査本部を出た。
署の玄関前で、武藤刑事に出くわした。
「おい!どこ行くんだ?新しい情報でも出たのか?」
武藤は五十嵐をそう言って呼び止めようとしたが、五十嵐は振り向くこともなく、署を走り出て、まっすぐに、射場のアパートへ向かった。
アパートの玄関で、五十嵐は急に迷った。
先ほど釈放されたばかりの相手を再び取り調べることなど常識的には考えられない。しかし、どうしてもはっきりさせたかった。
ノックをしようと手を伸ばした時、階段の下から声がした。
「どうしたんです?・ええっと・・五十嵐さん・・でしたよね?」
コンビニで買い物をしていたのか、怪訝そうな顔をした射場零士が階段の下にいた。
「どうしても訊きたいことがあって。いいかしら?」
五十嵐は少し強めの口調で零士に言った。
「まだ、容疑者扱いなんですか?もう勘弁してくださいよ。それでなくても、ここには居づらいんですから。」
零士は近くのコンビニで買い物をしてきたのだが、その店の店員は、零士の顔を異常者を見るような目で睨みつけた。周囲にいた客も距離を置いて、何か小声で話している。当然、あの事件の容疑者だと噂しているのは明白だった。
二人の話声を聞きつけたのか、階下の住人がドアを開けて出てきた。
「どうしても教えてもらいたいことがあるんです。」
五十嵐の口調は、取り調べた山崎とは正反対に、やさしく思えたと同時に、どこか必死さを感じた。
「わかりました。ただ、ここではどうも・・」
零士はそういうと、ちらりと住人のほうを見た。五十嵐もその様子に気づいた。
「部屋に入りますか?」
射場の言葉に、一瞬、五十嵐は躊躇した。
もし、彼が殺人鬼だとしたら自分もここで命を落とすことになるかもしれないという考えが頭を過ったのだ。
射場はそういう彼女の表情を気にも留めず、彼女の前を通り、部屋のドアを開けて中に入った。
話を訊くには入るしかない。五十嵐は決意して部屋に入る。
玄関を開けると3畳ほどのキッチンとダイニング。その奥に10畳ほどの部屋がある。窓際にはベッドが置かれていて、壁の両側には書棚とワードローブ。男の部屋とは思えないほどきれいに片付いている。ガラスの入っている書棚には、高そうなカメラがいくつも置かれている。中央の小さなテーブルの上にはPCとノート類が積みあがっているが、きちんと整理されていた。
「意外ですか?」
射場は、キッチンの脇にあるコーヒーメーカーのスイッチを入れた。部屋の中にコーヒーの香りが広がる。
五十嵐は、射場の取り調べの時に、だらしなく伸びた髪や、あまりきれいそうでない衣服を見ていたために、暮らしも荒んでいるのだろうと勝手に思い込んでいた。
「取材の時は、みすぼらしい恰好のほうが、それっぽいでしょう。なんだか下世話なネタに群がるハエみたいに思われるほうが都合がいいんですよ。」
射場は、五十嵐が感じたことを見透かしたように答えた。
それを聞いて、五十嵐は急に自分が恥ずかしくなった。
刑事は確かに人を疑う仕事ではあるが、だからと言って外見で判断するのは間違っていると何度も教え込まれたはずなのだが、まだまだ未熟だと痛感していた。

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