SSブログ

1-21 後味 [アストラルコントロール]

五十嵐が先に口を開く。
「あの事務所、閉鎖したわ。タレントが皆辞めてしまったみたい。やっぱり、あんなことがあったんじゃ仕方ないとは思うけど・・。」
「社長夫婦は?」
「事務所を引き払ってしまったから、自宅にでもいるのかもね。」
「事件の経緯に彼らも責任があるんじゃないのか?」
「それはそうだけど、犯人が逮捕され一件落着ってところだから、彼らの刑事責任は問わないという結論。」
そこまで聞いて、零士がはっと思いついた。
「そうだ、そこなんだ。どうしてそこに気づかなかったんだろう。」
「どうしたの?」
「いや・・片岡優香を殺したのは本田幸子で間違いないんだが、どうして、彼女は殺人をした?」
「自分の思いが踏みにじられ、生きていても仕方ない。一緒に死のう・・ってとこかしら?」
「ああ、だが、本当にそうなのか?」
「本当にそうかって・・零士さんが彼女から自供を取ったんでしょ?」
「片岡優香は死んでいる。引き金になった、社長との愛人関係はほんとうだったのか?ネクタイと副社長の話、それを信じた本田幸子の自供。社長と片岡優香がそういう関係だったかどうか裏が取れていない。もし、本田幸子の思い込みとなると話は違ってくる。社長への聴取ではどうだったんだ?」
「その点は特に追及していないわ。」
「どうして?今回の事件に事務所の社長夫婦が関わっているのは間違いないはず。なのに、どうしてあの二人を追及しないんだ?」
「今回は、彼女の自供がすべて。無理心中ということで決着がついたのよ。その先は、検察ね。」
零士は、またかという表情を浮かべている。事件の大小に限らず、犯人さえ逮捕できればそれで終了という体質は依然として変わっていない。政治家の不正などはその典型だ。直接かかわった者だけが罪に問われる。
「事務所は閉めたといったけど、負債はなかったのか?」と、零士が五十嵐に訊く。
「確か、タレントがいないのが閉鎖の理由だったはず。負債があったとは聞いていないけど・・。」
五十嵐の答えに、零士は少し苛立っていた。
「芸能事務所はタレントが事故にあって違約金が発生するときに備えて、保険をかけているはず。売れてるタレントなら億単位の保険金が入るくらいだ。片岡優香にもきっと保険はかけていたはずだ。殺害されたとなれば、相当な金が下りたはずだが・・。」
「じゃあ、保険金目当てに、本田幸子を使って殺害させたっていうの?」
「いや、芸能ネタ、事件ネタなら、そういう疑念をもって取材をするだろう。まあ、それを立証するのも難しいだろうが・・。」
「社長夫婦を問い詰めて自白させるっていうのは?」
「自白させるには言い逃れできないだけの証拠がなければ無理だろうな。それともう一つ、おそらく、あの社長夫婦は直接的には本田幸子に殺人に向かわせるような言動はしていないだろう。」
これ以上この点を議論したところでもやもやは一層深まるばかりだった。
「それに、アイスピックはどうやって手に入れた?・・彼女の自供は正しいとは思うが、それがすべてじゃない。そう仕組まれていたとしたらどうだ?」
零士は、もう一つ別の視点で考えた。
「そういえば、彼女、どうして死ななかったのかと聞いた時、死ねるはずだったって・・きっと、あれは、誰かに教えてもらったということだわ。」
「そうさ。片岡礼子の首筋に一撃で致命傷を負わせることも、素人には難しい。無理心中しようなんて、精神状態でできることじゃない。誰かに教わったに違いない。徐々に彼女を殺人へ誘導した誰かがいたんじゃないか?第三者がきっと介在している。彼女が信頼しているか、あるいは、心の隙を見せるようなところにいる人物。」
「もしかしたら、行きつけのバーにいたバーテンダーかも・・。」
「まあ、そんなところだろう。だが、彼だって、そんなに簡単に口を割ることはないだろうな。本当の悪人は捕まらない。それは、警察の限界かもな。」
零士は立ち上がった。
これ以上、この事件について話していると互いに気分が悪くなる。ここらが潮時だと感じて、零士は立ち去った。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント