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4-17 女王即位 [アスカケ外伝 第3部]

いよいよ、即位之儀を迎えた。
その日は、朝から多くの者が神殿の前に集まっていた。
諸国の王や国主は、神殿へ続く長い階段に並んでいる。煌びやかな衣装に身を包んで、居並ぶ姿は、神々しく荘厳であった。
「あれこそ、神々ではないか。」
「おお、八百万の神がここへ集まられた姿じゃ。」
広場に集まった民の誰かが口にした。それを聞いた者も強く頷き、神に祈るような仕草をし始めた。
大きな銅鑼が辺りに響き渡った。
檜造りの神殿の扉が、ゆっくりと開く。
中から、トキヒコノミコトに導かれるようにして、ヤガミ姫が姿を見せた。
ヤガミ姫は、真白な巫女の衣服に身を包み、頭には琥珀の勾玉で作られた髪飾りをつけ、右手に榊の枝を持ち、神殿の最上部にある台に立った。まだ、十五歳の幼い娘のはずだが、立ち姿は神々しく、周囲を照らすような気を発していた。
そして、その後に、皇アスカと摂政カケルも姿を見せる。
広場を見下ろす舞台の中央に、ヤガミ姫が立つと、再び、銅鑼が響く。
「我は、出雲の王、ヤガミである。」
広場に、女王ヤガミの言葉が響き渡ると、集まった民が歓声を上げた。
居並ぶ王や国主も跪き、礼を尽くす。
「悪しき者に穢され、傷ついたこの国を命を賭けて豊かで安寧な国に致します。皆も力を尽くし働いて下さい。」
再び、民の歓声が響く。
女王ヤガミの宣誓に続き、ヤマトの皇アスカが女王ヤガミの隣に立つ。
「安寧な国こそ、民の願い。ヤマトもともに出雲の国作りを支えましょう。」
皇アスカはそういうと、首飾りを高く翳して祈る。
首飾りから眩い光が発すると、女王ヤガミの勾玉の首飾りが呼応するように光を発した。そして、二つの光は、神殿を包み込むほど大きくなっていく。
摂政カケルも剣を抜き叩く翳す。タケルも、カケルの隣に立ち、剣を掲げる。光は、やがて、大きくなり、民も包んでいく。全ての憎しみや悲しみが薄らいでいくようだった。
民の後ろの方に控えていた、琥珀勾玉の使者たちも、懐に忍ばせていた勾玉から光が漏れ始めた。
「それは?」
近くにいた民が、琥珀勾玉の光を見つけて言った。
「これは、女王様より賜った琥珀勾玉・・このようなことが・・・。」
男たち自身が、いちばん驚き、勾玉を手にして震えている。
周囲に居た者たちはそれを見て、男たちの周りに集まり、跪き、手を合わせ崇める仕草をし始めた。
「止めてください。我らはそのような者ではない。罪人なのです。」
男の一人が周囲に向かって言う。
「いや、すでに罪は赦されているのです。その光こそ、証です。」
そう言ったのは、ともに戦ったクジであった。クジも、女王ヤガミから勾玉を賜っていて、同じように光を放っていた。
「さあ、共に前に参りましょう。」
クジはそういうと、集まった民を押し開きながら、男たちを神殿の階段の下へ連れて行く。
光が徐々に収まると、銅鑼が鳴り響く。
皇アスカが、手にしていた首飾りをそっと女王ヤガミの前に差し出す。
女王ヤガミは、皇アスカの前に跪くと、皇アスカがその首飾りをゆっくりと女王ヤガミに首にかけた。
「ヤガミ女王が、無事、即位為されました!」
スミヒトが宣言すると、集まった多くの民が歓声を上げた。
やがて歓声が静まると、女王ヤガミが一歩前に出て言った。
「此度、出雲国から悪しき輩を排除し、再び、安寧な国へ向かう事ができたのは、ヤマトの御力の賜物です。これより、出雲は、ヤマトを支える国となります。」
民衆は再び歓声を上げる。
それに応えるように、皇アスカが言う。
「ヤマトは諸国が力を合わせ、助け合い慈しむ心を大事にし、何よりも安寧を求めております。出雲国は、北海の諸国を繋ぐ大きな役割を担うべき国。これからも、諸国と手を取り善き国となるよう励んでください。」
再び、歓声が上がる。
続いて、女王ヤガミが言う。
「私は、トキヒコノミコト様と夫婦の契りを結びました。二人で、力を合わせ、出雲のために生きると誓ったのです。これより後、国の政は、トキヒコノミコト様にお任せいたします。摂政として励んでください。」
「はい。命を賭して励みます。」
トキヒコノミコトは、女王ヤガミの前で傅いて答えた。そして、ゆっくりと立ち上がり、集まった民に向かって言う。
「今はまだ、郷は戦で荒れております。郷長の皆様には、郷をしっかりと治めていただきたい。しかし、郷だけではどうにもならぬこともあるでしょう。琥珀勾玉の使者八人を郡司として遣わします。郷長の皆様は、郡司へ何でも相談されると良い。彼らは、すぐに、私の許へ知らせてくれます。そして、国を挙げて尽力できるように致します。」
琥珀勾玉の使者となった男達は、初めて聞く話に驚いて、トキヒコノミコトを見た。トキヒコノミコトは柔らかな笑みを浮かべ、大きく頷く。それを見て、琥珀勾玉の使者たちは、その場に跪き、深く首を垂れた。
最後の銅鑼が大きく鳴り響くと、神殿の扉が開き、ヤガミ姫、トキヒコノミコト、皇アスカ、摂政カケルが続いて、神殿の中へ入って行った。
諸国の王や国主たちは、ゆっくりと階段を降りて、隣接する館へ静々と戻って行った。そして、集まった民も徐々に引き上げて行った。
皆が去った後の神殿に、タケルがひとり残っていた。
皆の心が一つになるというのは、これほどまで美しいことなのかと震えていた。この国はそうした美しい心が作り上げているのだと強く感じていた。これまで、皇子として、父、母の跡を継ぎ、皇となった時、どう国を率いていけば良いか、そういう力があるのかと思い悩んでいたが、思い上がりだったとも感じていた。ヤマトは、皇が率いるのではない、こうした民の美しく尊き心が作り上げていくものではないのか。それを阻もうとすることを排除するのが、皇の役割なのだと思うようになっていた。

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