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4-18 帰還 [アスカケ外伝 第3部]

即位之儀からひと月ほどかけて、皇アスカと摂政カケルは、女王ヤガミとともに、出雲国を巡った。女王の即位と出雲がヤマトを支える一国となったことを知らせるためであった。
長く大蛇一族の悪政に苦しめられていた民は、女王ヤガミの姿を見て、地面に伏して、涙を流し喜んでいる。
女王ヤガミは、民のその姿を見るたびに、自らへの期待の大きさを痛感し、震えていた。女王といえども、ヤガミ姫はまだ十五歳の娘である。覚悟はしていたが、余りに経験が少なく、何につけても自信はない。王であった父の傍に居た事も少なく、王とはどのようなものか、確信はないのだ。
その度に、隣に立つ皇アスカが、手を強く握り、支えた。
女王ヤガミと皇アスカ、摂政カケルが国を巡っている間、トキヒコノミコトは、主だった者を集めて、これからの国の政について相談した。タケルも同席した。
「出雲を八つの郡に分けたい。そこには、即位之儀で言った通り、郡司を置く。郡司は、郡を治める者ではない。都と郡とを繋ぐ役である。」
トキヒコノミコトは、まずは郡制を敷くことを決めた。
これは、都や難波津辺りで、すでに始まった仕組みである。郷には長を置き、それが郷を治め、郡司のところへ皆が集まり、何事も相談で決めることも決めた。郡司は月に一度は、都に戻り、月之儀を開き、それぞれの郡の様子を教えあうことも決めた。
「出雲の都は、以前の郷へ戻したいと思うがどうか。」
トキヒコノミコトが言う。
「それでは、女王ヤガミ様とトキヒコノミコト様が離れることになります。夫婦となられるのですから、共に居られる方がよろしいのでは?」
と、心配したスミヒトが言う。
「ああ、私は、ここで暮らす事とする。」
「それでは、都は?」と、スミヒトが訊く。
「都は政を行うところ。そこは、スミヒト様に入ってもらいたい。月之儀は、女王ヤガミ様と私も出て、皆の話を聞き差配するつもりだが、常は、スミヒト様に差配していただきたい。」
「何を仰せになられます。国の大事な政を私が差配するなど・・。」
と、スミヒトは拒んだ。
「私は、出雲の生まれではありません。ほとんど出雲の事は知らない。その様な者が政を行う事は危ういと思われませんか?スミヒト様は、誰よりも、出雲の事を知っておられ、誰よりも出雲の国の事を考えておられる。そういう御方なら、間違う事はないでしょう。」
「しかし、みなが納得しない。」
と、スミヒトが言うが、集まった者は皆、トキヒコノミコトの言葉に賛同した。
「スミヒト様には、大臣(おおおみ)として国を纏めていただきたい。」
他の者も、スミヒトを推挙する。
皆の声に推されて、スミヒトは大臣になることを決意した。
それから、スミヒトを中心に、様々な掟を決めていった。答えに迷った時は、トキヒコノミコトやタケルが都や難波津、諸国の様子を伝えながら、より良い仕組みを皆で考えた。
話しの最中に、タケルが口を開く。
「一つだけ私からお願いがあります。古志の郷のことです。その昔、かの地は、古志国と呼ばれる素晴らしい国があったと聞きました。大陸から多くの者を迎え、素晴らしい技術や知恵を取り入れた国だったと。かの地は、都に次ぐ郷として、皆で大事にしてもらいたいのです。神門の港を通じ、大陸とも通じる場所、北海の国々や長門や九重にも通じ、出雲国が他国と繋がる大事な場所になるはずです。」
皆、タケルの話をじっと聞き、賛同した。
「古志には先の大王の墳墓もあります。出雲国にとって大切な郷であることは皆承知しております。」
女王や皇アスカたちの巡行が終わり、神殿へ戻ってきた頃には、すでに、年を越していた。
いよいよ、帰還の時が近づいたころ、福部の郷から遣いがやって来た。
「ミヤ姫様、臨月にてタケル様の帰還を強くお望みでございます。」
それを聞いて、一番に喜んだのは皇アスカであった。
「タケル、すぐに参りましょう。」
クジが船を出し、福部へ向かう。ほんの一日ほどで、福部へ着く。タケルは船が港の桟橋に着くのが待ちきれず、船縁から桟橋に飛び降り、そのまま、ミヤ姫が居る館へ飛び込んだ。
「ミヤ!ミヤ!戻ったぞ!」
タケルの声が館に響き渡るとすぐに、サガが顔を見せる。
「おお、サガ!ミヤは・・ミヤは元気か?!」
これまで見た事もない紅潮したタケルを見て、サガは思わず吹き出してしまう。
「何が可笑しい?・・ミヤ!どこだ!」
タケルはサガの言葉を待たずに、館に入り、奥の部屋へ向かう。
途中、カズが立っていた。カズは両手を広げてタケルを阻止する。
「とおせ!」
タケルは少し常軌を逸しているようだった。
「タケル様、落ち着いて下さい。今、ミヤ姫様はお休みになっておられます。」
「何?どこか具合が悪いのか?薬師やどうした?」
「お静かに!」
「今朝方から、陣痛が始まり、ミヤ姫様にはお疲れも出ております。痛みのない時には静かにお休みいただかないといけません。お静かに!」
あとからついてきたサガもタケルを制止する。
「おやおや、タケル。そんなに狼狽えてどうしたのです。」
少し遅れて館に着いた皇アスカが、タケルの背に手を置いて優しく言う。
奥の部屋の戸が開き、ミヤ姫がトモに支えられるようにして姿を見せた。
ミヤ姫は大きくなったお腹に手を置き、笑顔を見せた。
「変わりないか?」
タケルが駆け寄り、気遣うように訊く。
「ええ、順調です。毎日、お腹を蹴って今にも出たがっております。」
「おお・・そうか・・。」
タケルが、愛しそうに、そっと、ミヤ姫のお腹に手を置く。
「すべて終わった。安心しろ。これからは傍に居る。」

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